・・・顔の造作も貧弱だったが、唇だけが不自然に大きかった。これは女も同じだった。女の唇はおまけに著しく歪んでいた。それに、女の斜眼は面と向ってみると、相当ひどく、相手の眼を見ながら、物を言う癖のある私は、間誤つかざるを得なかった。 暫らく取り・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・父親は顔の造作が一つ一つ円くて、芸名も円団治でした。それで浜子は新次のことを小円団治とよんで、この子は芸人にしまんねんと喜んでいたが、おきみ婆さんにはそれがかねがね気羨かったのでしょう。私を送って行った足で上りこむなり、もう嫌味たっぷりに、・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・軽部は小柄なわりに顔の造作が大きく、太い眉毛の下にぎょろりと眼が突き出し、分厚い唇の上に鼻がのしかかっていて、まるで文楽人形の赤面みたいだが、彼はそれを雄大な顔と己惚れていた。けれども、顔のことに触れられると、何がなしいい気持はしなかった。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・はらった金で、人力車を一台購い、長袖の法被に長股引、黒い饅頭笠といういでたちで、南地溝の側の俥夫の溜り場へのこのこ現われると、そこは朦朧俥夫の巣で、たちまち丹造の眼はひかり、彼等の気風に染まるのに何の造作も要らなかった。 田舎出の客を見・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・売しているのだが、土地柄、客種が柄悪く荒っぽいので、大人しい女子衆は続かず、といって気性の強い女はこちらがなめられるといった按配で、ほとほと人手に困って売りに出したのだというから、掛け合うと、案外安く造作から道具一切附き三百五十円で譲ってく・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・先方だって、まさか、そんな乱暴なことしやしないだろうがね、それは元々の契約というものは、君が万一家賃を払えない場合には造作を取上げるとか家を釘附けにするとかいうことになって居るんではないのだからね、相当の手続を要することなんで、そんな無法な・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・女の人の造作をとやかく思うのは男らしくないことだと思いました。もっと温かい心で見なければいけないと思いました。然し調和的な気持は永く続きませんでした。一人相撲が過ぎたのです。 私の眼がもう一度その婦人を掠めたとき、ふと私はその醜さのなか・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・それでも家賃が高過ぎると思うなら、今少しは引いてもいいと言われるほど長く空屋になっていた古い家で、造作もよく、古風な中二階などことにおもしろくできていたが、部屋が多過ぎていまだに借り手がないとのこと。よっぽど私も心が動いて帰って来たが、一晩・・・ 島崎藤村 「嵐」
近頃相川の怠ることは会社内でも評判に成っている。一度弁当を腰に着けると、八年や九年位提げているのは造作も無い。齷齪とした生涯を塵埃深い巷に送っているうちに、最早相川は四十近くなった。もともと会社などに埋れているべき筈の人で・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・食糧箱の表面は一面に柔らかい凝霜でおおわれていて、見ただけではどれがなんだかわからないが、糧食係の男は造作もなく目的の箱を見いだして、表面の凝霜をかきのけてからふたを開き中味を取り出す。この廊下一面の凝霜の少なくも一部分は、隊員四十余名の口・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫