・・・と云うのは蛇笏を褒めた時に、博覧強記なる赤木桁平もどう云う頭の狂いだったか、「芋の露連山影を正うす」と云う句を「連山影を斉うす」と間違えて僕に聞かせたからである。 しかし僕は一二年の後、いつか又「ホトトギス」に御無沙汰をし出した。それで・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・で頭の上の遠くに、菱の花びらの半ばをとがったほうを上にしておいたような、貝塚から出る黒曜石の鏃のような形をしたのが槍が岳で、その左と右に歯朶の葉のような高低をもって長くつづいたのが、信濃と飛騨とを限る連山である。空はその上にうすい暗みを帯び・・・ 芥川竜之介 「槍が岳に登った記」
・・・そこの上からは松川農場を一面に見渡して、ルベシベ、ニセコアンの連山も川向いの昆布岳も手に取るようだった。夏の夜の透明な空気は青み亘って、月の光が燐のように凡ての光るものの上に宿っていた。蚊の群がわんわんうなって二人に襲いかかった。 仁右・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ちょうど汀の銀の蘆を、一むら肩でさらりと分けて、雪に紛う鷺が一羽、人を払う言伝がありそうに、すらりと立って歩む出端を、ああ、ああ、ああ、こんな日に限って、ふと仰がるる、那須嶽連山の嶺に、たちまち一朶の黒雲の湧いたのも気にしないで、折敷にカン・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・遠景一帯、伊豆の連山。画家 (一人、丘の上なる崕に咲ける山吹と、畠の菜の花の間高き処に、静にポケット・ウイスキーを傾けつつあり。――鶯遠く音を入る。二三度鶏の声。遠音に河鹿鳴く。しばらくして、立ちて、いささかものに驚ける状す。なお窺・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・僕は折り折り郊外を散歩しますが、この頃の冬の空晴れて、遠く地平線の上に国境をめぐる連山の雪を戴いているのを見ると、直ぐ僕の血は波立ちます。堪らなくなる! 然しです、僕の一念ひとたびかの願に触れると、こんなことは何でもなくなる。もし僕の願さえ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・高台に出ると四辺がにわかに開けて林の上を隠見に国境の連山が微かに見える。『山!』と自分は思わず叫んだ。『どこに、どこに、』と小山はあわただしく問うた。自分の指さす方へ、近眼鏡を向けて目をまぶしそうにながめていたが、『なるほど山だ・・・ 国木田独歩 「小春」
北風を背になし、枯草白き砂山の崕に腰かけ、足なげいだして、伊豆連山のかなたに沈む夕日の薄き光を見送りつ、沖より帰る父の舟遅しとまつ逗子あたりの童の心、その淋しさ、うら悲しさは如何あるべき。 御最後川の岸辺に茂る葦の枯れ・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・西の空うち見やれば二つの小さき星、ひくく地にたれて薄き光を放てり、しばらくして東の空金色に染まり、かの星の光自から消えて、地平線の上に現われし連山の影黛のごとく峰々に戴く雪の色は夢よりも淡し、詩人が心は恍惚の境に鎔け、その目には涙あふれぬ。・・・ 国木田独歩 「星」
・・・十一月四日――「天高く気澄む、夕暮に独り風吹く野に立てば、天外の富士近く、国境をめぐる連山地平線上に黒し。星光一点、暮色ようやく到り、林影ようやく遠し」同十八日――「月を蹈んで散歩す、青煙地を這い月光林に砕く」同十九日――「天晴・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
出典:青空文庫