・・・あの頃と異わず私を受け入れて呉れるのは春の複雑な陰翳を持つ連山と、遠くや近くの森、ゆるやかな起伏を以て地平線迄つづく耕地、渡り鳥が翔ぶ、素晴らしい夕焼け空などである。―― 自然に対して斯う云う憧憬的な気分の時、私は殆ど一種の嫌悪を以・・・ 宮本百合子 「素朴な庭」
・・・ 日光連山とぶなの木 秋が立派だと云う日光連山は今かなり美くしい姿をして居る。 かなり美くしいどころではなく残った雪といろいろな雲とによって美妙な美くしさを持って居るのだ。 三分の一ほどの上は白いフワフワ雲に・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・南方に八溝連山が鮮やかに月明に照されつつ時々稲妻を放つ。その何か奇異な深夜の天象を、花は白く満開のまま、一輪も散らさず、見守っている。―― この花ばかりではない。第一には若葉のひろがりにしてもそうだ。この山名物のつつじにしてもそうだ。北・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・けれ共、紅の日輪が全く山の影に、姿をかくした時、川面から、夕もやは立ちのぼって、うす紫の色に四辺をとざす間もなく、真黒に浮出す連山のはざまから黄金の月輪は団々と差しのぼるのである。この時、無窮と見えた雲の運動は止まって、踏むさえ惜しい黄金の・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・その山が幾重にもうちかさなった彼方に雪をいただいた嶺があって、ちょうど那須野ケ原から日光連山を眺める、あの眺望の数千倍大きく、強いものだといえましょう。だが温泉へは入らず。こっちの温泉はドイツのバーデン・バーデンや何かと同じで、冷鉱泉をのん・・・ 宮本百合子 「ロシアの旅より」
出典:青空文庫