・・・ 会話の進行は、また内蔵助にとって、面白くない方向へ進むらしい。そこで、彼は、わざと重々しい調子で、卑下の辞を述べながら、巧にその方向を転換しようとした。「手前たちの忠義をお褒め下さるのは難有いが、手前一人の量見では、お恥しい方が先・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・あるいは白いテエブル・クロオスの上に、行儀よく並んでいる皿やコップが、汽車の進行する方向へ、一時に辷り出しそうな心もちもする。それがはげしい雨の音と共に、次第に重苦しく心をおさえ始めた時、本間さんは物に脅されたような眼をあげて、われ知らず食・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・歩兵は銃を肩にしたまま、黙って進行をつづけていた。が、その靴は砂利と擦れるたびに時々火花を発していた。僕はこのかすかな火花に何か悲壮な心もちを感じた。 それから何年かたったのち、僕は白柳秀湖氏の「離愁」とかいう小品集を読み、やはり歩兵の・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・予はただこの自由と活動の小樽に来て、目に強烈な活動の海の色を見、耳に壮快なる活動の進行曲を聞いて、心のままに筆を動かせば満足なのである。世界貿易の中心点が太平洋に移ってきて、かつて戈を交えた日露両国の商業的関係が、日本海を斜めに小樽対ウラジ・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ たとえば歩行の折から、爪尖を見た時と同じ状で、前途へ進行をはじめたので、あなやと見る見る、二間三間。 十間、十五間、一町、半、二町、三町、彼方に隔るのが、どうして目に映るのかと、怪む、とあらず、歩を移すのは渠自身、すなわち立花であ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ それが大雪のために進行が続けられなくなって、晩方武生駅(越前へ留ったのです。強いて一町場ぐらいは前進出来ない事はない。が、そうすると、深山の小駅ですから、旅舎にも食料にも、乗客に対する設備が不足で、危険であるからとの事でありました。・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・各受け持ちの仕事は少しも手をゆるめないで働きながらの話に笑い興じて、にぎやかなうちに仕事は着々進行してゆく。省作が四挺の鎌をとぎ上げたころに籾干しも段落がついた。おはまは御ぜんができたというてきた。 昨日はこちから三人いって隣の家の稲を・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・人の生涯も或階段へ踏みかけると、躊躇なく進行するから驚くよ。しかし其時々の現状を楽しんで進んで行くんだな。順当な進行を遂げる人は幸福だ」「進行を遂げるならよいけれど、児が殖えたばかりでは進行とも云えんからつまらんさ。しかし子供は慥に可愛・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・その第五中隊第一小隊に、僕は伍長として、大石軍曹と共に、属しておったんや。進行中に、大石軍曹は何とのうそわそわして、ただ、まえの方へ、まえの方へと浮き足になるんで、或時、上官から、大石、しッかりせい。貴様は今からそんなざまじゃア、大砲の音を・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・鴎外の賛成を得て話は着々進行しそうであったが、好書家ナンテものは蒐集には極めて熱心であっても、展覧会ナゾは気紛れに思立っても皆ブショウだからその計画も捗取らないでとうとう実現されなかった。(この咄については『明星』掲載当時或る知人から誤解で・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫