・・・鷹には公儀より御拝領の富士司の大逸物を始め、大鷹二基、はやぶさ二基をたずさえさせ給う。富士司の御鷹匠は相本喜左衛門と云うものなりしが、其日は上様御自身に富士司を合さんとし給うに、雨上りの畦道のことなれば、思わず御足もとの狂いしとたん、御鷹は・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・と身体を反返り、涎をなすりて逸物を撫廻し撫廻し、ほうほうの体にて遁出しつ。走り去ること一町ばかり、俄然留り振返り、蓮池を一つ隔てたる、燈火の影を屹と見し、眼の色はただならで、怨毒を以て満たされたり。その時乞食僧は杖を掉上げ、「手段のいかんを・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・隊前には黒髯を怒らした一士官が逸物に跨って進み行く。残らず橋を渡るや否や、士官は馬上ながら急に後を捻向いて、大声に「駈足イ!」「おおい、待って呉れえ待って呉れえ! お願いだ。助けて呉れえ!」 競立った馬の蹄の音、サーベルの響、が・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・女房は、君には、すぎたる逸物なんだろう。え? そうだろう?」そんなに、べらべら、しつこく、どろぼうに絡みついているわけは、どろぼうは、何も言わず、のこのこ机の傍にやって来て、ひき出しをあけて、中をかき廻し、私の精一ぱいのいやがらせをも、てん・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・天平時代の仏像の顔であって、しかも股間の逸物まで古風にだらりとふやけていたのである。太郎は落胆した。仙術の本が古すぎたのであった。天平のころの本であったのである。このような有様では詮ないことじゃ。やり直そう。ふたたび法のよりをもどそうとした・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・伽羅の本木を買ってかえった彌五右衛門は切腹被仰附度と願ったが、その香木が見事な逸物で早速「初音」と銘をつけた三斎公は、天晴なりとして、討たれた横田嫡子を御前によび出し、盃をとりかわさせて意趣をふくまざる旨を誓言させた。その後、その香木は「白・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・やっぱり逸物を手に入れるには金がいる。そこまでは手が届かぬ。それで晩年は見物だけでした。亡くなる前の年の秋ごろでしたか壁懸の展覧即売会がありました。その中で、優れたものを当時建築が完成しかけていた某邸の広間用として是非おとりになるようにする・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自然淘汰の網の目をば第一に脱けて生き残る逸物と見えた。その打扮はどんなだか。身に・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫