・・・小揚人足が賑かな節を合せて、船から米俵のような物を河岸倉へ運びこんでいる。晴れきって明るくはあるが、どこか影の薄いような秋の日に甲羅を干しながら、ぼんやり河岸縁に蹲んでいる労働者もある。私と同じようにおおかた午の糧に屈托しているのだろう。船・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・そろそろ肥満してきた登勢は階段の登り降りがえらかったが、それでも自分の手で運び、よくよく外出しなければならぬ時は、お良の手を煩わし女中には任さなかった。 もうすっかり美しい娘になっていたお良は、女中の代りをさせるのではないが坂本さんは大・・・ 織田作之助 「螢」
・・・コトコトと動いていなければ気の済まない友田は写真をうつす時もひとりでせっせと椅子運びをやっていた、それをものぐさの佐伯は感心して眺めていた。そんなことも想いだされて佐伯はああえらいことになってしもたとホロホロ泣いた。あの、時代に取残された頽・・・ 織田作之助 「道」
・・・ こんな風で、私は彼の若い新夫人の前で叱られてからは、晩のお膳を彼のところへ運びこむのを止しにした。これに限らず、すべての点で彼が非常に卓越した人間であるということを、気が弱くてついおべっかを言う癖のある私は、酒でも飲むとつい誇張してし・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・ この階下の大時計六時を湿やかに打ち、泥を噛む轍の音重々しく聞こえつ、車来たりぬ、起つともなく起ち、外套を肩に掛けて階下に下り、物をも言わで車上に身を投げたり。運び行かるる先は五番町なる青年倶楽部なり。 倶楽部の人々は二郎が南洋航行・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・それから竪坑にまでかついで行かれ、一ツ/\ケージで、上に運びあげられた。 坑内で死亡すると、町の警察署から検視の警官と医者が来るまで、そのまゝにして置かなければならない。その上、坑内で即死した場合、埋葬料の金一封だけではどうしてもすまさ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・娘に逢った時、太郎坊があなたにお眼にかかりたいと申しておりました、などと云って戯れたり、あの次郎坊が小生に対って、早く元のご主人様のお嬢様にお逢い申したいのですが、いつになれば朝夕お傍に居られるような運びになりましょうかなぞと責め立てて困り・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・いろいろ打ち合わせも順調に運び、わざとばかりの結納の品も記念に取りかわしました。もはや期日の打ち合わせをするほどにこの話は進んできています。とうさんのことですから、いっさい簡素を旨とするつもりです。生活を変えるとは言っても、加藤さんに家へ来・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・ 同時に海軍では聯合艦隊以下、多くの艦船を派出して、関西地方からどんどん食料や衛生材料なぞを運び、ひなん者の輸送をもあつかい出しました。 同日、摂政宮殿下からは、救護用として御内ど金一千万円をお下しになりました。食料品は鉄道なぞによ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・やはりそうか、と自分でひとり首肯き、うわべは何気なく、お客にお銚子を運びました。 その日は、クリスマスの、前夜祭とかいうのに当っていたようで、そのせいか、お客が絶えること無く、次々と参りまして、私は朝からほとんど何一つ戴いておらなかった・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫