・・・ だから、ちょっとこの子をこう借りた工合に、ここで道行きの道具がわりに使われても、憾みはあるまい。 そこで川通りを、次第に――そうそうそう肩を合わせて歩行いたとして――橋は渡らずに屋敷町の土塀を三曲りばかり。お山の妙見堂の下を、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・呟きながら固い歩き方でその道行きかけて、しかし佐伯はふと立ち停った。そうだ、あの道をいっぺん通ってやろう、この考えがだしぬけに泛んだのだ。アパートの表を真っ直ぐに通じているかなり広い道があり、居住者が時どきその道を通って帰って来るのを佐伯は・・・ 織田作之助 「道」
・・・その殺人現場における事件の推移はもちろん、その動機から犯行までの道行きをたとえ簡単にでも正確につきとめるためには、実は多数の警察官や司法官の長日月の精査を要し、しかもそれでもなかなか容易にはすみからすみまで明白にしにくいのが通例である。それ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・ 殻を砕いて新たに立てた根本仮定から出発して、それから推論される結果までの論理的道行きは数学者に信頼すればそれでよい。そして結果として出現した整然たる系統の美しさを多少でも認め味わう事ができて、そうして客観的実在の一つの相をここに認める・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・間の苛烈な相互関係を現実的に把握せず、枠は枠なりにしてその内での範囲で人間を見てゆけば、作者の近代の心の主観で、それが当時の身分の差に内容づけられない一般的な人間性として感じられるようになるのは当然の道行きと思われる。しかも、鴎外の実生活の・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・などのように、今日の日本に生きる勤労大衆の生活の歴史的な一つの道行き、過程をうたったものが、一つ二つでなくあることです。私は昔万葉集や金槐集などを読み、なかなか感心したものです。きょう、短歌を作ろうとする人々にとって、これらの古典はやはり読・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・しかし、生活と文学との現実にあるこの逆の道行きについていつ語られただろう。すなわち、創作方法は、その作家が歴史をどう生きるかの課題であるから、ある人々にとっては、創作方法の真摯で客観的な追究を通じて、より社会的な世界観への戸口をひらかれる可・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・の現実の詳細を、社会主義リアリズムは、自身の課題としていると思う。「伸子」につづく「二つの庭」から「道標」の道行きを考えたとき、わたしは、作家として、とても目ざましい、というような方法をとれなかった。「二つの庭」にあるすべては、それらの・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・を眺め、横光によってたどられた自由建設の道行きを調べると、私どもは、いわゆる高邁な文学的業績を熱愛する作者が、実は案外、単純で、楽な道具だてだけをこの作品のために拾ってきている事実を見出すのである。 総体がリアリズムによって書かれている・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ アメリカの文学は、ブルジョア民主社会内の個性と理性とが発展し得る道行きの様々な経過と摩擦とを鋭く反映している。その意味で、世界的性格を帯びて来ている。ソヴェト文学は、より先の民主社会の創造力を表現している。半ば眠り半ばは確乎と覚醒して・・・ 宮本百合子 「春桃」
出典:青空文庫