・・・そして、数学と全然違うところは、これらの関係がまるで逆になって、+《プラス》のところが-になり、×《タイム》が÷《デバイデッド》となっても、一度真面目に恋愛した人間の心では、決して元の杢阿彌の単一なAならA、BならBには還ることがないと云う・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・ 今読んだのはそれとは違う。文芸欄に、縦令個人の署名はしてあっても、何のことわりがきもなしに載せてある説は、政治上の社説と同じようなもので、社の芸術観が出ているものと見て好かろう。そこで木村の書くものにも情調がない、木村の選択に与ってい・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・あなた一頭曳と二頭曳とはどれだけ違うか御承知。男。いや。分かりませんなあ。貴夫人。第一。一頭曳の馬車は窓硝子ががちゃがちゃ鳴って、並んで据わっている人の話が聞えませんでしょう。それから一頭曳の馬車に十月に乗りますと、寒くて気持が悪い・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・動くのと停るのと、どこでどんなに違うのかと思う暇もなく、停ると同時に早や次の運動が波立ち上り巻き返す――これは鵜飼の舟が矢のように下ってくる篝火の下で、演じられた光景を見たときも感じたことだが、一人のものが十二羽の鵜の首を縛った綱を握り、水・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・何もかも故郷のドイツなどとは違う。更けても暗くはならない、此頃の六月の夜の薄明りの、褪めたような色の光線にも、また翌日の朝焼けまで微かに光り止まない、空想的な、不思議に優しい調子の、薄色の夕日の景色にも、また暴風の来そうな、薄黒い空の下で、・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・「でも時候が違うではございませんか。」言ってしまって、如何にも自分の詞が馬鹿気て、拙くて、荒っぽかったと感じたのである。 女は聞かなかった様子で語り続けた。「わたくしは内へ帰りますの。あちらでは花の咲いている中で、悲しい心持がしてなりま・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ 新興武士階級も武力をもって権力を握ろうとする点において旧来の武士階級と異なったものではないが、しかし応仁以前の伝統的な武家とは一つの点においてはっきりと違うのである。それは旧来の武家が伝統の上に立っていたのに対して、新しい武家が実力の・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫