・・・ 地殻の物語は、そこに在る火山、地震、地球の地殻に埋蔵されてある太古の動植物の遺物、その変質したものとしての石炭、石油その他が人間生活にもたらす深刻な影響とともに、近代社会にとって豊富なテーマを含蓄している。岩波書店から出ている「防災科・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・そして、私にのこされた愛情のこもった遺物[自注18]は、私の家を建ててくれると云ってよろこんで楽しそうに十ばかりのいろんな小さい家のプランを書いた二枚のホーガン紙です。一番気に入っていたのに赤インクでとノートがあり、そこには私の部屋のほかに・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・前時代の遺物として南京虫が、たった一匹標本的に棲息をつづけている。舞台へ、つくりものの巨大な南京虫があらわれる。 官僚主義者なんかも五ヵ年計画後のソヴェト社会には見たくてももういない。やっと一人、第一部からの中心人物である、プリスィプキ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・書庫には、出島和蘭屋敷の絵巻物、対支貿易に使用された信牌、航海図、きりしたんころびに関する書つけ、シーボルトの遺物、フェートン号の航海日誌、羅馬綴の日本語にラテン語を混えた独特な趣味あるミッション・プレス等々価値あるものが沢山ある。 其・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・という文字をこのむ女には、われわれが清算しようと努力する過去の階級的遺物がきっとある。題を、スッパリ分りやすくすることによって、先ず雑誌の啓蒙的立場を明かにしようではありませんか。〔一九三一年五月〕・・・ 宮本百合子 「「女人芸術」か「女人大衆」かの批判について」
・・・ 深く、暗く、鬱蒼として茂りに茂っている森は、次第次第に開けるにつれて粗雑にばかりなって来た町に、まったく唯一の尊い太古の遺物であった。 すべてがここでは幸福であった。 たくさんの鳥共も、這いまわる小虫等も、また春から秋にかけて・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 戦争が、人類社会の未開な時代の遺物であり、現代でも、まだ一部の者は実力で争うという場合、戦争を想像している。けれども、こんにちの科学はイギリスの政治家が云っているとおりの事情になっている。――イギリスがソ連とたたかえば一週間で壊滅され・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・百物語と云うものに呼ばれては来たものの、その百物語は過ぎ去った世の遺物である。遺物だと云っても、物はもう亡くなって、只空き名が残っているに過ぎない。客観的には元から幽霊は幽霊であったのだが、昔それに無い内容を嘘き入れて、有りそうにした主観ま・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・もしこれをしも背理なものとして感覚派なるものに向って攻撃するものがありとすれば、それは前世紀の遺物として珍重するべきかの「風流」なるものと等しく物さびたある批評家達の頭であろう。風流なるものは畢竟ある時代相から流れ出た時代感覚とその時代の生・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・もとより彼らは、当時の偶像の遺物を我々が芸術品として鑑賞するがごとく、ただ美的鑑賞の対象として偶像に対したのではないが、しかし無意識の内にも常に偶像の美的魅力から逃れる事はできなかったであろう。百済王が始めて釈迦銅像を献じた時、それを見た我・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫