遺言状一 余死せば朝日新聞社より多少の涙金渡るべし一 此金を受取りたる時は年齢に拘らず平均に六人の家族に頭割りにすべし例せば社より六百円渡りたる時は頭割にして一人の所得百円となる計算也一 此分配法ニ・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・石塔は無しにしてくれとかねがね遺言して置いたが、石塔が無くては体裁が悪いなんていうので大きなやつか何かを据えられては実に堪まるものじゃ無い。 土葬はいかにも窮屈であるが、それでは火葬はどうかというと火葬は面白くない。火葬にも種類があるが・・・ 正岡子規 「死後」
・・・是非死ぬとなりャ遺言もしたいし辞世の一つも残さなけりャ外聞が悪いし……………ヤア何だか次の間に大勢よって騒いで居るナ「ビョウキキトク」なんていう電報を掛けるとか何とかいってるのだろう。ナニ耳のそばで誰やら話ししかけるようだ、何かいう事ないか・・・ 正岡子規 「墓」
・・・するとかげろうは手を合せて「お慈悲でございます。遺言のあいだ、ほんのしばらくお待ちなされて下されませ。」とねがいました。 蜘蛛もすこし哀れになって「よし早くやれ。」といってかげろうの足をつかんで待っていました。かげろうはほんとう・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・ Y、大きな声で「遺言! 遺言!」「今度買った地面は皆で二十七円だ。阿母さんのものにするつもりだ、あとは皆書つけにしてあるから」 Y、母の土地が、そんなにやすくては憤るだろうと思う。やがて父死ぬ。お父さーんお父さーんと泣く。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ ――助けよ ――一杯やる前に遺言に署名せよ。貴君の遺言中に当院への遺贈を記入されんことを。 ――何処にあるか。 何をしているか。 何を必要としているか。 助を求めて!! 火花を飛ばしているのは病院孤児院ばか・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ 岫雲院で荼だびになったのは、忠利の遺言によったのである。いつのことであったか、忠利が方目狩に出て、この岫雲院で休んで茶を飲んだことがある。そのとき忠利はふと腮髯の伸びているのに気がついて住持に剃刀はないかと言った。住持が盥に水を取って・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・然るところ松向寺殿御遺骸は八代なる泰勝院にて荼だびせられしに、御遺言により、去年正月十一日泰勝院専誉御遺骨を京都へ護送いたし候。御供には長岡河内景則、加来作左衛門家次、山田三右衛門、佐方源左衛門秀信、吉田兼庵相立ち候。二十四日には一同京都に・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・真の名誉というものは、神を信じて、世の中に働くことにあるので、真の安全も満足もこの外に得られるものでないと、つねづね仰ったことを、御遺言として、記憶しておいで」と、心を一杯籠めて仰ったのを、訳はよく分らないでも、忘れる処か、今そこでうかがっ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・信玄の遺言といわれるものは、勝頼に対して、おれの死後謙信と和睦せよ、和睦ができたらば、謙信に対して頼むと一言言え、謙信はそう言ってよい人物であると教えている。真偽はとにかく、信玄はそういう人物と考えられていたのである。 慶長の末ごろ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫