・・・常設館はいくつもあったがみんな小さなものでわずかの観客しか容れなかったように覚えている。邦楽座や武蔵野館のようなものはどこにもなかったようである。各地に旅行中の夜のわびしさをまぎらせるにはやはりいちばん活動が軽便であった、ブリュッセルの停車・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・そうかと言って邦楽の大部分や俗曲の類は子供らにあまり親しませたくなし、落語などというのは隣でやっているのを聞くだけでも私は頭が痛くなるようであった。それで結局私のレコード箱にはヴィクターの譜が大部分を占めるようになった。 妙なもので、初・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・半分は管弦楽を主とした洋楽で他の半分は邦楽であった。そのほかにも何かの慈善音楽会というようなものもあって、そんなおりには私にとっては全く耳新しかったいろいろのソロなどを聞く事もできた。 記憶が混雑して確かな事は言われないが、たぶんそうい・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・ 邦楽座わきの橋の上から数寄屋橋のほうを、晴れた日暮れ少し前の光線で見た景色もかなりに美しいものの一つである。川の両岸に錯雑した建物のコンクリートの面に夕日の当たった部分は実にあたたかいよい色をしているし、日陰の部分はコバルトから紫まで・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・世の中には古社寺保存の名目の下に、古社寺の建築を修繕するのではなく、かえってこれを破壊もしくは俗化する山師があるように、邦楽の改良進歩を企てて、かえって邦楽の真生命を殺してしまう熱心家のある事を考え出す。しかし先生はもうそれらをば余儀ない事・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫