・・・天象、地気、草木、この時に当って、人事に属する、赤いものと言えば、読者は直ちに田舎娘の姨見舞か、酌婦の道行振を瞳に描かるるであろう。いや、いや、そうでない。 そこに、就中巨大なる杉の根に、揃って、踞っていて、いま一度に立揚ったのであるが・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・と言ったが笑いもせず、唯だ意外という顔付き、その風は赤いものずくめ、どう見ても居酒屋の酌婦としか受取れない。母の可怕い顔と自分の真面目な顔とを見比べていたが、「それからね母上さん、お鮨を取って下さいって」「そう、幾価ばかり?」「・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・旦那がある酌婦に関係の出来たのもその時代だ。その時におげんは旦那の頼みがたさをつくづく思い知って、失望のあまり家を出ようとしたが、それを果たさなかった。正直で昔気質な大番頭等へも詫の叶う時が来た。二度目に旦那が小山の家の大黒柱の下に座った頃・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 酌婦生活をやめたい あなたの決心さえ堅ければ、つまりそういう生活を断然やめたいという決心がつくならば、今の主人によく気持ちを打ち明け返金を延ばしてもらうことができると思います。 そして、看護婦となってまじめに働いて借金をお・・・ 宮本百合子 「「市の無料産院」と「身の上相談」」
・・・の女主人公であるお力は酌婦である。けれども、生れは士族である。そのことを心の秘かな誇りとしている女である。が、男とのいきさつの痴情的な結末は、いわゆる士族という特権的な身分を自負する女性も酌婦に転落しなければならない社会であり、しかもその中・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫