・・・ 奥さんは子供衆の方にまで気を配りながら、「これ、繁、塾の先生が被入しったに御辞儀しないか――勇、お前はまた何だッてそんなところに立っているんだねえ――真実に、高瀬さん、私も年を取りましたら、気ぜわしくなって困りますよ――」 奥・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ お君は父親を起すまいと気を配りながら折々隣の気合(をうかがって、囁く様に恭二に話した。 川窪で若し断わられたらどうしよう、東京中で川窪外こんな相談に乗ってもらう家がない。 どうもする事が出来ずに父親が帰りでもしたら又何と云われ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 職人にやる金を包み、皆に蕎麦を食べさせ、裏の家と医者の家に配り終ったのは、もう夕暮に近かった。 H町に居ては、見られない鮮やかな夕映が、一目で遠く見渡せる。 崖に面した四尺ばかりの塀際には背の高い「ひば」が四本一列に植って居る・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ 女中の持って来たチョコレートと紅茶を千世子は立って自分で配りながら、 おきらいじゃあないでしょう? 笑いながらクリクリに刈った肇の頭の地の白く見えるのを上から見ながら云った。「この人はねえ、チョコレートのそこぬけな・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・家の中の事に気を配りながら出るあとについて私も一緒に往還の方へ出ると、そこから杉並木の様な処を透して真直に見えて居る祖母の家へ足を向けながら、婆さんに、「晩にでも遊びにお出。と云いすてて只った一人足元を見ながら、沈んだ、重い・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・昔からドラアムやなんぞで、人物を時と所とに配り附けた上に出来るものを言うではないか。ヘルマン・バアルが旧い文芸の覗い処としている、急劇で、豊富で、変化のある行為の緊張なんというものと、差別はないではないか。そんなものの上に限って成り立つとい・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫