・・・ 自分たちの子供の時分には、田舎のおばあさんというものは、大概腰のところでからだが百二十度ないし九十度ぐらいに折れ曲がっていたもので、歩くにはどうしても杖を第三の足にしないと重力に対するつりあいがとれなかったものである。実に悲惨な格好を・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・しかし太陽が地球の周囲を動いているとすると外の遊星の運動を非常に複雑なものと考えなければならず、また重力の方則なども恐ろしく難儀なものになるに相違ない。科学の場合には方則の普遍性とか思考の節約とかいう事が標準となって科学者の自然に対する見方・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うく・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・これは地球から見た時に太陽が天球のどこに来ているかという事を意味するだけの事であるから、太陽系に何か大きな質量の変化が起こるか、重力の方則が変わらない限り、予定のとおり進行してゆくはずである。 近ごろ、アインシュタインの研究によってニュ・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・というのでも、実は地球の重力のみ働き空気の抵抗や電気磁気などの作用がないとした場合の事である。しかるに実際物体を落す場合に完全な真空で完全に他の力を除外して実験する事はなかなか面倒である。実際重力加速度gを定めるにはこのような直接の方法によ・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・第一に重要なものは地球の全質量がこれに及ぼす重力である。すなわち普通にいわゆるペンの目方である。精しく云えばこの中には身辺にある可動性の器物や人間や一切のものの引力も加わっていてこれらが動けばそれだけの影響はあるはずである。ただこれらの影響・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・結果が起らなくてどこに原因があるだろう。重力があって天体が運行して林檎が落ちるとばかり思っていたがこれは逆さまであった。英国の田舎である一つの林檎が落ちてから後に万有引力が生れたのであった。その引力がつい近頃になってドイツのあるユダヤ人の鉛・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・願いの数はみな寂められている。重力は互に打ち消され冷たいまるめろの匂いが浮動するばかりだ。だからあの天衣の紐も波立たずまた鉛直に垂 けれどもそのとき空は天河石からあやしい葡萄瑪瑙の板に変りその天人の翔ける姿をもう私は見ませんでした。・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・時には顕官や淑女がその邸宅の石門に与える自身の重力を考えながら自働車を駈け込ませた。時には華やかな踊子達が花束のように詰め込まれて贈られた。時には磨かれたシルクハットが、時には鳥のようなフロックが。しかし、彼は何事も考えはしなかった。 ・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫