・・・家族主義の上に立つものとせば、一家の主人たる責任のいかに重大なるかは問うを待たず。この一家の主人にして妄に発狂する権利ありや否や? 吾人はかかる疑問の前に断乎として否と答うるものなり。試みに天下の夫にして発狂する権利を得たりとせよ。彼等はこ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・「そりゃ君、善は美よりも重大だね。僕には何と云っても重大だね。」――善は実に彼にとっては、美よりも重大なものであった。彼の爾後の作家生涯は、その善を探求すべき労作だったと称しても好い。この道徳的意識に根ざした、リアリスティックな小説や戯曲、・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・その動き方は未だ幽かであろうとも、その方向に労働者の動きはじめたということは、それは日本にとっては最近に勃発したいかなる事実よりも重大な事実だ。なぜなら、それは当然起こらねばならなかったことが起こりはじめたからだ。いかなる詭弁も拒むことので・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・そんな事を重大視する程世の中の人は閑散でない。それは確かにそうだ。然しそれにもかかわらず、私といわず、お前たちも行く行くは母上の死を何物にも代えがたく悲しく口惜しいものに思う時が来るのだ。世の中の人が無頓着だといってそれを恥じてはならない。・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・一番重大な事、一番恐ろしかった事を忘れたのを、思い出さなくてはならないような心持がする。 どうも自分はある物を遺却している。それがある極まった事件なので、それが分かれば、万事が分かるのである。それが分かれば、すべて閲し来った事の意義が分・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・しかし我々は、それとともにある重大なる誤謬が彼の論文に含まれているのを看過することができない。それは、論者がその指摘を一の議論として発表するために――「自己主張の思想としての自然主義」を説くために、我々に向って一の虚偽を強要していることであ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・女の写真屋を初めるというのも、一人の女に職業を与えるためというよりは、救世の大本願を抱く大聖が辻説法の道場を建てると同じような重大な意味があった。 が、その女は何者である乎、現在何処にいる乎と、切込んで質問すると、「唯の通り一遍の知り合・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・今から見れば何でもないように思うが、四十年前俳優がマダ小屋者と称されて乞食非人と同列に賤民視された頃に渠らの技芸を陛下の御眼に触れるというは重大事件で、宮内省その他の反対が尋常でなかったのは想像するに余りがある。その紛々たる群議を排して所信・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・詩の使命を知るものは、童話が、いかに、この人生に重大な位置にあるかを考えるでありましょう。 新人生建設のために、私達は、新芸術の使命と権威を考えなくてはならない。 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・ そうすると如何しても今のところ小学校が一番重大な使命をもっている。又小学校の時分に与えられた感化程深刻なものはない。ほんとうの人間性や、美くしい感情や、正しい事の観念などは、感激性にとむ少年時代に於てのみよく養われるのではないかと思う・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
出典:青空文庫