・・・それさえちゃんとわかっていれば、我々商人は忽ちの内に、大金儲けが出来るからね」「じゃ明日いらっしゃい。それまでに占って置いて上げますから」「そうか。じゃ間違いのないように、――」 印度人の婆さんは、得意そうに胸を反らせました。・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・が、世間を思切って利慾を捨てた椿岳は、猿が木から木へと木の実を捜して飛んで行くように、金儲けから金儲けへと慾一方で固まるのを欲しなかった。 明治七、八年頃、浅草の寺内が公園となって改修された。椿岳の住っていた伝法院の隣地は取上げられて代・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ その日、路地へ帰ると、丹造は早速おかね婆さんを掴まえて、「――実はおまはんを見込んで、頼みがある」 金儲けだときかされると、途端におかね婆さんは歯ぐきを出して、にこにこし、つまりは何の造作もなく説き伏せられてしまった。 だ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ そんな風に心細いことを言っていたが、翌朝冬の物に添えて二百円やると、「これだけの元手があったら、今日び金儲けの道はなんぼでもおます。正月までに五倍にしてみせます」横堀はにわかに生き生きした表情になった。「ふーん。しかし五倍と聴・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ それは麦を主食としている農民たちで、その地方には田がなく、金儲けの仕事もすくなく土地の条件にめぐまれない環境にある人々だ。外米は、内地米あるいは混合米よりもいくらか値段が安いのでそこを見こんで買うのである。これを米屋の番頭から聞きこん・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・嚊を貰って、嚊の親もとへ行っていると、スパイは、その門の中へまでのこ/\はいって来る。金儲けと財産だけしか頭にない嚊の親や、兄弟が、どんな疑心を僕に対して起すかは、云わずとも知れた話である。スパイは、僕等の結婚や、お祝いごとまでも妨害するの・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・シベリアで金儲けをしようとする人間は駆逐された。それでも深沢は、どこまでもシベリアに喰いさがろうとした、黒竜江のこちら側へ渡った。火酒の密輸入をやった。火酒がだめになると、今度は贅沢品でサヴエート同盟の資本主義的分子を釣った。 さまざま・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・どんな行きつまった世の中でもオリジナルなアイディアさえあればいくらでも金儲けの道はあるというのが現代のヤンキー商人のモットーであるが、この事を元禄の昔に西鶴が道破しているのである。木綿をきり売りの手拭を下谷の天神で売出した男の話は神宮外苑の・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・言論が客観的な真理に立つ可能とその必然をますと共に、人民の生活意識が、人間らしい欲求の自覚とその行動に進むにつれ、新聞はおのずから一転換を誘われて、再び、金儲け事業としてではない新聞の内容と組織とになろうとしている。様々の形で、そういう動き・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・そして僕を金儲け機械にすることをブルジョア社会に許してはならないのだ。」この恐慌の時期に労作『経済学批判』第一分冊が出された。 ロンドンのディーン街の庭もない二間暮しの生活は、このように困難だった。が、マルクス夫妻の不屈な生活力と機智と・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
出典:青空文庫