・・・すると今まで生徒と一しょに鉄棒へぶら下っていた、体量十八貫と云う丹波先生が、「一二、」と大きな声をかけながら、砂の上へ飛び下りると、チョッキばかりに運動帽をかぶった姿を、自分たちの中に現して、「どうだね、今度来た毛利先生は。」と云う。丹・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ あっと呆気に取られていると、「鉄棒の音に目をさまし、」 じゃらんとついて、ぱっちりと目を開いた。が、わが信也氏を熟と見ると、「おや、先生じゃありませんか、まあ、先生。」「…………」「それ……と、たしか松村さん。」・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・人間が見て、俺たちを黒いと云うと同一かい、別して今来た親仁などは、鉄棒同然、腕に、火の舌を搦めて吹いて、右の不思議な花を微塵にしょうと苛っておるわ。野暮めがな。はて、見ていれば綺麗なものを、仇花なりとも美しく咲かしておけば可い事よ。三の・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 往来留の提灯はもう消したが、一筋、両側の家の戸を鎖した、寂しい町の真中に、六道の辻の通しるべに、鬼が植えた鉄棒のごとく標の残った、縁日果てた番町通。なだれに帯板へ下りようとする角の処で、頬被した半纏着が一人、右側の廂が下った小家の軒下・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ただ太い鉄棒でつくられたかごの中へ入れられて、そのかわいらしい円い目で、珍しそうに、移り変わってゆく、外の景色をながめていたのでありました。このくまにも、親や兄弟はあったのでありましょう。しかし、それらは、いま険阻な山奥に残っていて、捕らえ・・・ 小川未明 「汽車の中のくまと鶏」
・・・「ああ、ありがたし、かたじけなし、この日、この刻、この術を、許されたとは、鬼に金棒」 と、佐助は天にも登る心地がした途端に、はや五体は天に登っていた。 しかも、佐助を喜ばしたのは、師もまた洒落るか、さればわれもまた洒落よう、軽佻・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・着物をきて、高い小さい鉄棒のはまった窓を見上げているのかと思うと、急に何かゞ胸にきた。――母親は貧血を起していた。「ま、ま、何んてこの塀! とッても健と会えなくなった……」 仕方なくお安だけが面会に出掛けて行った。しばらくしてお安が・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・俺は窓という窓に鉄棒を張った「護送自動車」を想像していた。ところが、クリーム色に塗ったナッシュという自動車のオープンで、それはふさわしくなくハイカラなものだった。俺は両側を二人の特高に挾さまれて、クッションに腰を下した。これは、だが、これま・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 高い金棒の窓の丁度真ッ上が隣りの家の「物ほし」になっていて、十六七の娘さんが丁度洗濯物をもって、そこの急な梯子を上って行くところだった。――それが真ッ下から、そのまゝ見上げられた。 その後、誰か一人が合図をすると、皆は看守に気取ら・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・劣等の体格を持って生れた。鉄棒にぶらさがっても、そのまま、ただぶらんとさがっているだけで、なんの曲芸も動作もできない。ラジオ体操さえ、私には満足にできないのである。劣等なのは、体格だけでは無い。精神が薄弱である。だめなのである。私には、人を・・・ 太宰治 「鴎」
出典:青空文庫