・・・仁右衛門は固より明盲だったが、農場でも漁場でも鉱山でも飯を食うためにはそういう紙の端に盲判を押さなければならないという事は心得ていた。彼れは腹がけの丼の中を探り廻わしてぼろぼろの紙の塊をつかみ出した。そして筍の皮を剥ぐように幾枚もの紙を剥が・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・国に一鉱山あるでなく、大港湾の万国の船舶を惹くものがあるのではありません。デンマークの富は主としてその土地にあるのであります、その牧場とその家畜と、その樅と白樺との森林と、その沿海の漁業とにおいてあるのであります。ことにその誇りとするところ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ていた男には遣らぬと言って、引き離されてしまったので、やけになり世にすねたあげく、いっそこの世を見限ろうとしたこともあるが、五年後の再会を思いだしたので、ふたたび発奮して九州へ渡り、高島、新屋敷などの鉱山を転々とした後、昨年六月から佐賀の山・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・追ん出てしまった古女房が鉱山師か土木建築師の妾に収まって、へんに威勢よく、取りつく島もないくらい幅を利かしているのに出会った感じだと、言ってもよい。勝手にしやがれと、そっぽを向くより致し方がない。しかし、コテコテと白粉をつけていても、ふと鼻・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・金八は蝶子の駈落ち後間もなく落籍されて、鉱山師の妾となったが、ついこの間本妻が死んで、後釜に据えられ、いまは鉱山の売り買いに口出しして、「言うちゃ何やけど……」これ以上の出世も望まぬほどの暮しをしている。につけても、想い出すのは、「やっぱり・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・二 翌朝彼は本線から私線の軽便鉄道に乗替えて、秋田のある鉱山町で商売をしている弟の惣治を訪ねた。そして四五日逗留していた。この弟夫婦の処に、昨年の秋から、彼の総領の七つになるのが引取られているのであった。 惣治はこれまで・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・だから、附近の鉱山から立候補するものがあっても、近くの農民がそれに投票しようとしない。そして却って、地主で立候補した者に買収されたりするのである。 政治狂 一村には、一人か二人、必ず政治狂がいる。彼等は、政友会か、民政党・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
一 くすれたような鉱山の長屋が、C川の両側に、細長く、幾すじも這っている。 製煉所の銅煙は、禿げ山の山腹の太短かい二本の煙突から低く街に這いおりて、靄のように長屋を襲った。いがらっぽいその煙にあうと、・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・「そうか。」私は茶わんむしの蓋をとった。 外は、まだ薄暗かった。私は宿屋の前に立ってバスを待った。ぞろぞろと黒い毛布を着た老若男女の列が通る。すべて無言で、せっせと私の眼前を歩いて行く。「鉱山の人たちだね。」私は傍に立っている女・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・都市の煤煙問題、鉱山の煙害問題みんなそうである。灰吹から大蛇を出すくらいはなんでもないことであるが、大蛇は出てもあまり役に立たない。しかし鉱山の煙突から採れる銅やビスマスや黄金は役に立つのである。 尤も喫煙家の製造する煙草の煙はただ空中・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
出典:青空文庫