・・・いつも銀鼠の洋服に銀鼠の帽子をかぶっている。背はむしろ低い方かも知れない。けれども見たところはすらりとしている。殊に脚は、――やはり銀鼠の靴下に踵の高い靴をはいた脚は鹿の脚のようにすらりとしている。顔は美人と云うほどではない。しかし、――保・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・手入をせられた事のない、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。 この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。その様子が今まで人に追・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・あ、間違って入ったのかと、私はあわてて扉の外へ出ると、その隣の赤い灯が映っている硝子扉を押した途端、白地に黒いカルタの模様のついた薩摩上布に銀鼠色の無地の帯を緊め、濡れたような髪の毛を肩まで垂らして、酒にほてった胸をひろげて扇風機に立ってい・・・ 織田作之助 「世相」
・・・手入をせられた事の無い、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。』 第三 女学生は一こと言ってみたかった。「私はあ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・天鵞絨と紐釦がむやみに多く、色は見事な銀鼠であって、話にならんほどにだぶだぶしていた。そのつぎには顔である。これをもひとめ見た印象で言わせてもらえば、シューベルトに化け損ねた狐である。不思議なくらいに顕著なおでこと、鉄縁の小さな眼鏡とたいへ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
レーク・Gへ行く前友達と二人で買った洋傘をさし、銀鼠の透綾の着物を着、私はAと二人で、谷中から、日暮里、西尾町から、西ケ原の方まで歩き廻った。然し、実際、家が払底している。時には、間の悪さを堪え、新聞を見て、大崎まで行き、・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・バラン、バランとひどい音を立てて鳴らされたブリキ板、一つのブランコがあっただけだ。銀鼠色の木綿服を着た若いアクスーシャとピョートルは、流れる手風琴の音につれて、そのブランコを揺りながら、今にも目にのこる鮮やかで朗らかな愛の場面を演じた。・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ さし組んで来る涙を銀鼠の絞縮緬の袖で押えながら、奥さんは、「大学を来年出るという間際にこんなことになるんですからねえ」と淋しく頬笑んだ。石川は、挨拶のしようなく感じた。奥さんが極く若いときの子と見え、幸雄がぞろりとした和服でな・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・も暗くはならない、此頃の六月の夜の薄明りの、褪めたような色の光線にも、また翌日の朝焼けまで微かに光り止まない、空想的な、不思議に優しい調子の、薄色の夕日の景色にも、また暴風の来そうな、薄黒い空の下で、銀鼠色に光っている海にも、また海岸に棲ん・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫