・・・「私はこう云っている中にも、向うの銅板画の一枚を見るように、その部屋の有様が歴々と眼の前へ浮んで来ます。大川に臨んだ仏蘭西窓、縁に金を入れた白い天井、赤いモロッコ皮の椅子や長椅子、壁に懸かっているナポレオン一世の肖像画、彫刻のある黒檀の・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ これはすばらしい銅板画のモテイイフである。黙々とした茅屋の黒い影。銀色に浮かび出ている竹藪の闇。それだけ。わけもなく簡単な黒と白のイメイジである。しかしなんという言いあらわしがたい感情に包まれた風景か。その銅板画にはここに人が棲ん・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・その時に調べてみるとボタンを押した時に電路を閉じるべき銅板のばねの片方の翼が根元から折れてしまっていたのである。 実はよほど前に、便所に取り付けてある同じ型のスイッチが、やはり同じ局部の破損のために役に立たなくなって、これもその当座自分・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・ 朝顔の色を見て、それから金山から出る緑砂紺砂の色、銅板の表面の色などの事を綜合して「誠に青色は日輪の空気なる色なるを知る」などと帰納を試みたりしているのもちょっと面白かった。 新しもの好き、珍しいもの好きで、そしてそれを得るために・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・「わが渡り合いしは巨人の中の巨人なり。銅板に砂を塗れる如き顔の中に眼懸りて稲妻を射る。我を見て南方の犬尾を捲いて死ねと、かの鉄棒を脳天より下す。眼を遮らぬ空の二つに裂くる響して、鉄の瘤はわが右の肩先を滑べる。繋ぎ合せて肩を蔽える鋼鉄の延板の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・お札所のようなところで御屋根銅板一枚一円と勧進している。銅板に墨で住所氏名を書いた見本が並べられている。モーニングを着て老妻をつれた年寄の男が、紋付羽織の案内人にそこへ惰勢的に引こまれている。 小豆島の村にも八十八ヵ所のお札所があり、そ・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
出典:青空文庫