・・・円い頭をコツンと敲く真似して、宗吉を流眄で、ニヤリとして続いたのは、頭毛の真中に皿に似た禿のある、色の黒い、目の窪んだ、口の大な男で、近頃まで政治家だったが、飜って商業に志した、ために紋着を脱いで、綿銘仙の羽織を裄短に、めりやすの股引を痩脚・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・先刻のままで、洗いさらした銘仙の半纏を引掛けた。「先刻は。」「まあ、あなた。」「お目にかかったか。」「ええ、梅鉢寺の清水の処で、――あの、摩耶夫人様のお寺をおききなさいました。」 渠は冷い汗を流した。知らずに聞いた路なの・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・綿らしいが、銘仙縞の羽織を、なよなよとある肩に細く着て、同じ縞物の膝を薄く、無地ほどに細い縞の、これだけはお召らしいが、透切れのした前垂を〆めて、昼夜帯の胸ばかり、浅葱の鹿子の下〆なりに、乳の下あたり膨りとしたのは、鼻紙も財布も一所に突込ん・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 紫の銘仙を寒そうに着たその後姿が襖の向うに消えた時、ふと私は、書くとすればあの妹……と思いながら、焼跡を吹き渡って来て硝子窓に当る白い風の音を聴いていた。 織田作之助 「世相」
・・・おまけに階下が呉服の担ぎ屋とあってみれば、たとえ銘仙の一枚でも買ってやらねば義理が悪いのだが、我慢してひたすら貯金に努めた。もう一度、一軒店の商売をしなければならぬと、親の仇をとるような気持で、われながら浅ましかった。 さん年経つと、や・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 真蔵は銘仙の褞袍の上へ兵古帯を巻きつけたまま日射の可い自分の書斎に寝転んで新聞を読んでいたがお午時前になると退屈になり、書斎を出て縁辺をぶらぶら歩いていると「兄様」と障子越しにお清が声をかけた。「何です」「おホホホホ『何で・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 染め絣、モスリン、銘仙絣、肩掛、手袋、などがあった。「これ、品の羽織にしてやろうと思うて……」 と彼女は銘仙絣を取って清吉に見せた。「うむ。」「この縞は綿入れにしてやろうと思うて――」「うむ。」 お里は、よく物・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・両人には派手すぎると思われるような銘仙だった。「年が寄ってえい着物を着たってどうなりゃ!」両人はあまり有りがたがらなかった。「絹物はすぐに破れてしまう。」 六「あれに連れて行て貰うよりゃ、いっそうら等二人で行く・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・それと引違えて徐に現れたのは、紫の糸のたくさんあるごく粗い縞の銘仙の着物に紅気のかなりある唐縮緬の帯を締めた、源三と同年か一つも上であろうかという可愛らしい小娘である。 源三はすたすたと歩いていたが、ちょうどこの時虫が知らせでもしたよう・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・羽織も着物も同じ矢絣模様の銘仙で、うすあかい外国製の布切のショオルが、不似合いに大きくその上半身を覆っていた。質屋の少し手前で夫婦はわかれた。 真昼の荻窪の駅には、ひそひそ人が出はいりしていた。嘉七は、駅のまえにだまって立って煙草をふか・・・ 太宰治 「姥捨」
出典:青空文庫