・・・僕は、女の銘仙の和服姿が一ばん好きだ。」 とみは笑っていた。「何がおかしい。おまえは、へんに生意気になったね。さっきも僕がだまって聞いていると、いい気になって、婦人雑誌でたったいま読んで来たようなきざなことを言いやがる。僕は、おまえ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・妹は二十歳前後の小柄な痩せた女で、矢絣模様の銘仙を好んで着ていた。あんな家庭を、つつましやかと呼ぶのであろう。ほぼ半年くらい住まって、それから品川のほうへ越していったけれど、その後の消息を知らない。僕にとっては、その当時こそ何かと不満もあっ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・私は三鷹のカフェにはいって思い切り大酒を飲んだ。 翌る日午後五時に、私たちは上野駅で逢い、地下食堂でごはんを食べた。北さんは、麻の白服を着ていた。私は銘仙の単衣。もっとも、鞄の中には紬の着物と、袴が用意されていた。ビイルを飲みながら北さ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・青いタオルの寝巻に、銘仙の羽織をひっかけて、ベッドに腰かけて笑っていた。病人の感じは少しも無かった。「お大事に。」と言って、精一ぱい私も美しく笑ったつもりだ。これでよし、永くまごついていると、相手を無慙に傷つける。私は素早く別れたのであ・・・ 太宰治 「誰」
・・・「矢絣の銘仙があったじゃないか。あれを着たら、どうだい?」「いいわよ、いいわよ。これでいいの。」心の内は生死の境だ。危機一髪である。 姿を消した自分の着物が、どんなところへ持ち込まれているのか、少しずつ節子にもわかって来た。質屋・・・ 太宰治 「花火」
・・・ 鶴は洗面所で嗽いして、顔も洗わず部屋へ帰って押入れをあけ、自分の行李の中から、夏服、シャツ、銘仙の袷、兵古帯、毛布、運動靴、スルメ三把、銀笛、アルバム、売却できそうな品物を片端から取り出して、リュックにつめ、机上の目覚時計までジャンパ・・・ 太宰治 「犯人」
・・・たとえばいま、夏から秋にかけての私の服装に就いて言うならば、真夏は、白絣いちまい、それから涼しくなるにつれて、久留米絣の単衣と、銘仙の絣の単衣とを交互に着て外出する。家に在る時は、もっぱら丹前下の浴衣である。銘仙の絣の単衣は、家内の亡父の遺・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・多分銘仙というのであろう。とにかくそこいらを歩いている普通十人並の娘達と同じような着物に、やはりありふれたようなショールを肩へかけて、髪は断髪を後ろへ引きつかねている。しかし白粉気のない顔の表情はどこかそこらの高等女学校生徒などと比べては年・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ 横を向いてふと目に入ったのは、襖の陰に婆さんが叮嚀に畳んで置いた秩父銘仙の不断着である。この前四谷に行って露子の枕元で例の通り他愛もない話をしておった時、病人が袖口の綻びから綿が出懸っているのを気にして、よせと云うのを無理に蒲団の上へ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 髪をちょっと丸めたままの姿で、客間に行って見ると髪を長くのばし、張った肩に銘仙の羽織を着た青年が後を見せて立って居る。 初対面の挨拶をし、自分は「どうぞおかけ下さいまし」と上座に当る椅子を進めた。 はあ、と云って立って・・・ 宮本百合子 「或日」
出典:青空文庫