・・・ 娘は、派手な銘仙の両袖をかき合わせるようにして立っていたが、廊下のゴザの上へ自分と並んで坐り、小さい袋を横においた。むっちりしたきれいな手を膝の上においてうな垂れている。中指に赤い玉の指環がささっている。メリンスの長襦袢の袖口には白と・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・どうも、ウェーヴした前髪、少くとも銘仙の派手な羽織、彼女の坐っているのはよし古風なコタツであろうとも、座布団のわきにはハンド・バッグがありそうに思われる。――つまりこれは読者のきわめて小ブルジョア的興味によびかけ何枚かの銀貨を釣り出そうとす・・・ 宮本百合子 「ゴルフ・パンツははいていまい」
・・・今日の日本の特徴的な相貌としては、云わば自然なそういう作家の変りかたにおいて、作家の変ることが語られているのではなくて、たとえばこれまではシャボテンであったがこれからは蘇鉄でなければならないと、銘仙から金糸でも抜くことのように云われ勝なとこ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ 千世子は茶っぽい銘仙のぴったり体についた着物を着て白っぽい帯が胸と胴の境を手際よく区切って居る。きつくしめられた帯の上は柔かそうにふくれてズーッとのばして膝の上で組み合わせた手がうす赤い輪廓に色取られて小指のオパアルがつつましく笑んで・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 千世子は銘仙の着物に八二重の帯を低くしめたまんま書斎に行った。「どうもお待遠様。 いついらしったんです? 篤は本をふせて立ち上りながら丸い声で云った。「も一寸前なんです。 帰ろうかと思ったんですけどあの・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 御昼飯を仕舞うとすぐ千世子は銘仙の着物に爪皮の掛った下駄を履いてせかせかした気持で新橋へ行った。 西洋洗濯から来て初めての足袋が「ほこり」でいつとはなしに茶色っぽくなるのを気にしながら石段を上るとすぐわきに、時間表を仰向いて見て居・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・二枚重ねた銘仙の着物の裾がボタボタと重い。頭巾をかぶって来ればよかったとも思った。「御ともさん」は東京弁と、此村と山形――米沢の言葉をとりまぜた言葉でしきりに私に話しかける。芝居は好きか、どの役者が一番好いか、東京では、どんな外題がもてるか・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・私は、悦ばしく、自分の出来る限りを尽す気持で、派手になった十七八頃の銘仙衣類等を解いて、彼の使うべき夜着になおしたり何かした。 彼も来られると云う。四月の始め迄居る積りで、三月の二十日以後に此方は出発しようと云って来た。それ等のことで仕・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 油井は立ち上って、銘仙の着物の膝をはたくようにした。「もう帰らなくちゃ」「そうですか――まあ、もうこんな時間かしら」 油井は玄関へ出て、外套や襟巻をつけた。お清が外套をきせかけてやる。みのえは、柱によりかかり、油井の一挙一・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ 浅草に行って その晩私は水色の様な麻の葉の銘仙に鶯茶の市松の羽織を着て匹田の赤い帯をしめて、髪はいつもの様に中央から二つに分けて耳んところでリボンをかけて居ました。紺色のカシミヤの手袋をはめて、白い大きな皮のえり巻・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫