・・・ 自分らは汗をふきながら、大空を仰いだり、林の奥をのぞいたり、天ぎわの空、林に接するあたりを眺めたりして堤の上を喘ぎ喘ぎ辿ってゆく。苦しいか? どうして! 身うちには健康がみちあふれている。 長堤三里の間、ほとんど人影を見ない。農家・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・わたくしは千住の大橋をわたり、西北に連る長堤を行くこと二里あまり、南足立郡沼田村にある六阿弥陀第二番の恵明寺に至ろうとする途中、休茶屋の老婆が来年は春になっても荒川の桜はもう見られませんよと言って、悵然として人に語っているのを聞いた。 ・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・シカシテ風雨一過香雲地ニ委ヌレバ十里ノ長堤寂トシテ人ナキナリ。知ラズ我ガ上ノ勝ハ桜花ニ非ズシテ実ニ緑陰幽草ノ侯ニアルヲ。モシソレ薫風南ヨリ来ツテ水波紋ヲ生ジ、新樹空ニ連ツテ風露香ヲ送ル。渡頭人稀ニ白鷺雙々、舟ヲ掠メテ飛ビ、楼外花尽キ、黄悄々・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・におもふ慈母の恩慈母の懐抱別に春あり春あり成長して浪花にあり 梅は白し浪花橋辺財主の家 春情まなび得たり浪花風流郷を辞し弟に負て身三春 本をわすれ末を取接木の梅故郷春深し行々て又行々 楊柳長堤道漸くくれたり矯首はじめて見・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫