・・・ その頃、見返柳の立っていた大門外の堤に佇立んで、東の方を見渡すと、地方今戸町の低い人家の屋根を越して、田圃のかなたに小塚ッ原の女郎屋の裏手が見え、堤の直ぐ下には屠牛場や元結の製造場などがあって、山谷堀へつづく一条の溝渠が横わっていた。・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・むかしのままなる姿をなした雪駄直しや鳥さしなどを目撃したのも、是皆金剛寺坂のほとりに在った旧宅の門外であった。雪駄直しは饅頭形の籐笠をかぶり其の紐を顎にかけて結んでいたので顔は見えず、笠の下から顎の先ばかりが突出ているのが何となく気味悪く見・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・ * 夕暮よりも薄暗い入梅の午後牛天神の森蔭に紫陽花の咲出る頃、または旅烏の啼き騒ぐ秋の夕方沢蔵稲荷の大榎の止む間もなく落葉する頃、私は散歩の杖を伝通院の門外なる大黒天の階に休めさせる。その度に堂内に安置された・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・大沼枕山が長命寺の門外に墨水観花の碑を建てたのも思うにまたこの時分であろう。 かつてわたくしはこの時分の俗曲演劇等の事を論評した時明治十年前後の時代を以て江戸文芸再興の期となしたが、今向島桜花のことを陳るに及んで更にまたその感がある。・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・その時今まで激論をしていた親子が、急に喧嘩を忘れて、互に相援けて門外に逃げるところを小説にかく。すると書いた人は無論読む人もなるほどさもありそうだと思う。すなわちこの小説はある地位にある親子の関係を明かにしたと云う点において、作者及び読者の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・静粛にしかし門外にまでつづいている告別の群集に混って列になって棺の足許を通りすぎながら、わたしは思いがけないものを見た。 マヤコフスキーの靴をはいた足の先が偶然赤い旗からニュッとこちらを向いて突き出していた。ごくあたり前の黒鞣の半編上げ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・細雨を傘によけて大観門外に立って見ると、海路平安と銘あるそのすっきりした慈航燈を前景とし、右によって市中の教会の尖塔がひとり雨空に聳えて居る。濡れた屋根屋根、それを越すと、煙った湾内の風光が一眸におさめられる。佇んでこれ等の遠望を恣にして居・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・黄色い運動服を着た女学生と白ズボン、白シャツの青年が愉快そうにテニスをやっている。門外の告示に書いてあった。テニス・コート使用料一時間二シリング。電話東一七一五番、または事務所に照会せよ。 その辺には誰もいない。温室のようなガラス張の天・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・この人々の中にはそれぞれの家の菩提所に葬られたのもあるが、また高麗門外の山中にある霊屋のそばに葬られたのもある。 切米取りの殉死者はわりに多人数であったが、中にも津崎五助の事蹟は、きわだって面白いから別に書くことにする。 五助は二人・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そこで世間で我虚名を伝うると与に、門外の見は作と評との別をさえ模糊たらしめて、他は小説家だということになった。何故に予は小説家であるか。予が書いたものの中に小説というようなものは、僅に四つ程あって、それが皆極の短篇で、三四枚のものから二十枚・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫