・・・ その界隈にこの頃たつ家は、いずれもぐるりをコンクリートの塀で犇とかこって、面白いこともなさそうに往来に向って門扉も鎖してしずまっている。だが、昔ながらの木と土と紙でこしらえた家のまわりだけをそんないかめしいコンクリートでかこってみるの・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・○電柱に愛刀週間の立看板◎右手の武者窓づくりのところで珍しく門扉をひらき 赤白のダンダラ幕をはり 何か試合の会かなにかやっている黒紋付の男の立姿がちらりと見えた。○花電車。三台。菊花の中に円いギラギラ光る銀色の玉が二つあ・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・もう夕頃で、どの寺の門扉も鎖されている。ところどころ、左右から相逼る寺領の白い築地の間に、やっと人一人通れる位の壊れた石段道が、樟の若葉からしたたる夕闇がくれ、爪先のぼりに風頭山へ消えているのが眺められた。 雨あがりの日であったためか、・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 私は、その門から男も女も、活々した姿を現したのを嘗て一瞥したことさえない。門扉が開き、まして近頃はアンテナさえ張ってあるのが見えるから、確に人はいるのだ。それにも拘らず、私が通る時出会うのは人ではない。犬だ。いつも、犬だ。白い頭の上か・・・ 宮本百合子 「吠える」
・・・の白いペンキ塗鉄の大門扉は堂々ととざされている。土曜日の夜七時からある一シリング六ペンスのダンスとテニスに関する告示が鉄柵の上のビラに出してある。ここはロンドン市が誇りとする、そしてあらゆる案内書に名の出ている「民衆の宮」なのだ。何か民衆の・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫