・・・とにかく私はこの短い応答の間に、彼等二人の平生が稲妻のように閃くのを、感じない訳には行かなかったのです。今思えばあれは私にとって、三浦の生涯の悲劇に立ち合った最初の幕開きだったのですが、当時は勿論私にしても、ほんの不安の影ばかりが際どく頭を・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・動かないように、椅子に螺釘留にしてある、金属のの上に、ちくちくと閃く、青い焔が見えて、の縁の所から細い筋の烟が立ち升って、肉の焦げる、なんとも言えない、恐ろしい臭が、広間一ぱいにひろがるようである。 フレンチが正気附いたのは、誰やらが袖・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・…… 山も、空も氷を透すごとく澄みきって、松の葉、枯木の閃くばかり、晃々と陽がさしつつ、それで、ちらちらと白いものが飛んで、奥山に、熊が人立して、針を噴くような雪であった。 朝飯が済んでしばらくすると、境はしくしくと腹が疼みだした。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ ああわが最愛の友よ(妹ドラ嬢を指、汝今われと共にこの清泉の岸に立つ、われは汝の声音中にわが昔日の心語を聞き、汝の驚喜して閃く所の眼光裡にわが昔日の快心を読むなり。ああ! われをしてしばしなりとも汝においてわが昔日を観取せしめよ、わが最・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ば、茅屋と瓦屋と打ち雑りたる、理髪所の隣に万屋あり、万屋の隣に農家あり、農家の前には莚敷きて童と猫と仲よく遊べる、茅屋の軒先には羽虫の群れ輪をなして飛ぶが夕日に映りたる、鍛冶の鉄砧の音高く響きて夕闇に閃く火花の見事なる、雨降る日は二十ばかり・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・き雷、荒ぶる雨、怒れる風の声々の乱れては合い、合いてはまた乱れて、いずれがいずれともなく、ごうごうとして人の耳を驚かし魂をおびやかすが中に、折々雲裂け天破れて紫色の光まばゆく輝きわたる電魂の虚空に跳り閃く勢い、見る眼の睛をも焼かんとす。とこ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・しかし別れて三年ほどの間よくも分らなかった彼女の消息が、その時、閃くように彼の頭脳の中へ入って来た。流行の薄色の肩掛などを纏い着けた彼女の姿を一目見たばかりで、どういう人と暮しているか、どういう家を持っているか、そんなことが絶間もなく想像さ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・沈んでゆく月のように凝っと一つところにかかったり、又は、迅い閃く稲妻のように、空――眼全体を照したり。生れ落るとから、唇の戦きほか言葉を持たずに来たものは、表し方に限りがなく、海のように深く、曙、黄昏が光りや影を写す天のように澄んだ眼の言語・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
暖かい縁に背を丸くして横になる。小枝の先に散り残った枯れ/\の紅葉が目に見えぬ風にふるえ、時に蠅のような小さい虫が小春の日光を浴びて垣根の日陰を斜めに閃く。眩しくなった眼を室内へ移して鴨居を見ると、ここにも初冬の「森の絵」・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
・・・この的この成就は暗の中に電光の閃くような光と薫とを持っているように、僕には思われたのだ。君はそれを傍から見て後で僕に打明てこう云った。あいつの疲れたような渋いような威厳が気に入った。あの若さで世の偽に欺かれたのを悔いたような処のあるのを面白・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
出典:青空文庫