・・・ただかえってこんな思わぬ不用意の瞬間に閃光のごとくそれを感じるだけであろうかと思われる。 この雪夜の橇の幻の追憶はまた妙な聯想を呼出す。父が日清戦争に予備役で召集されて名古屋にいたのを、冬の休みに尋ねて行ってしばらく同じ宿屋に泊っていた・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・雲は太く且つ広く空を掩うて一直線に進んで来る。閃光を放ちながら雷鳴が殷々として遠く聞こえはじめた。東南の空際にも柱の如き雲が相応じて立った。文造は此の気象の激変に伴う現象を怖れた。彼は番小屋へ駆け込んで太十を喚んだ。太十は死んだようになって・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・多くの言葉は費されていないが、私はこの条を読んだ時、一すじの閃光が鴎外という人の複雑な内部の矛盾・構成の諸要素の配列の上に閃いたという感銘を受けた。そして、彼が自分の子供たちに皆マリ、アンヌ、オットウ、ルイなどという西洋の名をつけていたこと・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・複雑なそれらの要素は夜も昼も停止することのない生活の波の上に動いているわけで、私たちはその動きやまない生活の閃光のようにおりおりの幸福感を心の底深くに感じる。だけれども、その感じは大体感覚の本性にしたがって、ある時が経てば消える。 この・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・ 犬養暗殺のニュースは、私に重く、暗く、鋭い情勢を感じさせた。閃光のように、刑務所や警察の留置場で闘っている同志たちのこと、更に知られざる無数の革命的労働者・農民のことが思われた。 十六日留置場の看守は交代せず、話しかけられるのを防・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・と結び、それによって逆効果をひき起し、ある機智的な鋭さで、閃光のように作家としての良心の敏さ、芸術境の独自性を全篇の内部に照りかえそうと試みられそうであったかもしれない。ところが、「父母」全篇を通じての一番普通の人間はわかりよいこの文句には・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・ その微かな閃光、その高まり来る諧調を、誤たず、混同せず文字に移し載せられた時、私共は、真個に、湧き出た新鮮な創作の真と美とに触れられる。昔、仏像の製作者が、先ず斎戒沐浴して鑿を執った、そのことの裡に潜む力は、水をかぶり、俗界と絶つ緊張・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・ 室へ帰って手帳に物を書いていたら、薄いカーテンに妙に青っぽい閃光が映り、目をあげて外を見ると、窓前のプラタナスに似た街路樹の葉へも、折々そのマグネシュームをたいた時のような光が差して来る。不思議に思って首をさし出したら、つい先が小公園・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・折々鋭い稲妻の閃光が暗い闇を劈いて一瞬の間、周囲を青白い輝きの中に包みはしても、光りの消えたと同時に、またその暗い闇がすべてを領してしまう。 それと同様に、ときどきは、いかほど熾んな感激の焔に照らされはしても、彼女の生活の元来は暗かった・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ だが、この陰翳に富んだ、逆説的な分子のこもった会話は、当時のゴーリキイが民衆、学生、デレンコフや彼自身の関係に対して抱いていた複雑な感情の深淵を何と微妙な閃光で我々に啓いて見せることであろう。 これは、ゴーリキイが、セミョーノフの・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫