・・・黒い冠木門の両開き戸をあけるとすぐ玄関で案内を乞うと右脇にある台所で何かしていた老母らしきが出て来た。姓名を告げて漱石師より予て紹介のあった筈である事など述べた。玄関にある下駄が皆女物で子規のらしいのが見えぬのが先ず胸にこたえた。外出と云う・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・そうして便所へはいろうとする時に、そこの開き戸を明ける前に、柱に取付けてある便所の電燈のスウィッチをひねる。 それが冬だと何事もないが、夏だと白日の下に電燈の点った便所の戸をあけて自分で驚くのである。 習慣が行為の目的を忘れさせると・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・けれども患者が縁端へ出て互を見透す不都合を避けるため、わざと二部屋毎に開き戸を設けて御互の関とした。それは板の上へ細い桟を十文字に渡した洒落たもので、小使が毎朝拭掃除をするときには、下から鍵を持って来て、一々この戸を開けて行くのが例になって・・・ 夏目漱石 「変な音」
為事室。建築はアンピイル式。背景の右と左とに大いなる窓あり。真中に硝子の扉ありてバルコンに出づる口となりおる。バルコンよりは木の階段にて庭に降るるようなりおる。左には広き開き戸あり。右にも同じ戸ありて寝間に通じ、この分は緑の天鵞絨の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ そして硝子の開き戸がたって、そこに金文字でこう書いてありました。「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」 二人はそこで、ひどくよろこんで言いました。「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてる・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・ 二階では稀に一しきり強い風が吹き渡る時、その音が聞えるばかりであったが、下に降りて見ると、その間にも絶えず庭の木立の戦ぐ音や、どこかの開き戸の蝶番の弛んだのが、風にあおられて鳴る音がする。その間に一種特別な、ひゅうひゅうと、微かに長く・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫