・・・そして私達はその夜から親しい間柄になったのです。 しばらくして私達は再び私の腰かけていた漁船のともへ返りました。そして、「ほんとうにいったい何をしていたんです」 というようなことから、K君はぼつぼつそのことを説き明かしてくれまし・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
絶望 文造は約束どおり、その晩は訪問しないで、次の日の昼時分まで待った。そして彼女を訪ねた。 懇親の間柄とて案内もなく客間に通って見ると綾子と春子とがいるばかりであった。文造はこの二人の頭をさすって、姉さんの病気は少しは快く・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・旧友――という人は数々ある中にも、この原、乙骨、永田、それから高瀬なぞは、相川が若い時から互いに往来した親しい間柄だ。永田は遠からず帰朝すると言うし、高瀬は山の中から出て来たし、いよいよ原も家を挙げて出京するとなれば、連中は過ぐる十年間の辛・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ と叫んで、往来のひとたちを集めてしばってもらおうかとも思ったのですが、とにかく大谷さんは私どもとは知合いの間柄ですし、それもむごすぎるように思われ、今夜はどんな事があっても大谷さんを見失わないようにどこまでも後をつけて行き、その落ちつく先・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ どんなに親しい間柄とは言っても、私とその嫁とは他人なのだし、私だって、まだよぼよぼの老人というわけではなし、まして相手は若い美人で、しかも亭主が出征中に、夜おそくのこのこ訪ねて行って、そうして二人きりで炉傍で話をするというのは、普通な・・・ 太宰治 「嘘」
緒方氏の臨終は決して平和なものではなかったと聞いている。歯ぎしりして死んでいったと聞いている。私と緒方氏とは、ほんの二三度話合っただけの間柄ではあるが、よい小説家を、懸命に努力した人間を、よほどの不幸の場所に置いたまま、そ・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
・・・僕等三人は春浪さんがまだ早稲田に学んでいた頃から知合っていた間柄なので、挨拶もせずに二階へ上ったことを失礼だとは思っていなかった。就中僕は西洋から帰ってまだ間もない頃のことであったから、女連のある場合、男の友達へは挨拶をせぬのが当然だと思っ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・朝夕顔を見合わす間柄はそんなに追従いうことの出来ないのは当然である。だが其兄とさえ昵まぬ太十だから、どっちかといえばむっつりとした女房は実際こそっぱい間柄であった。孰れの村落へ行っても人は皆悪戯半分に瞽女を弄ぼうとする。瞽女もそれを知らない・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・馬鹿馬鹿しいと思うにつけて、たとい親しい間柄とは云え、用もないのに早朝から人の家へ飛び込んだのが手持無沙汰に感ぜらるる。「どうして、こんなに早く、――何か用事でも出来たんですか」と御母さんが真面目に聞く。どう答えて宜いか分らん。嘘をつく・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・私も多少知っている間柄だから気の毒に思って、職業は無いか職業は無いかぐらい人に尋ねて見るが、どこにもそう云う口が転がっていないので残念ながらまだそのままになっています。けれども今言う通り職業の種類が何百通りもあるのだから、理窟から云えばどこ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫