・・・浅間の社で、釜で甘酒を売る茶店へ休んだ時、鳩と一所に日南ぼっこをする婆さんに、阿部川の川原で、桜の頃は土地の人が、毛氈に重詰もので、花の酒宴をする、と言うのを聞いた。――阿部川の道を訊ねたについてである。――都路の唄につけても、此処を府中と・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・呆れていると、私に阿部定の公判記録の写しを貸してくれというのである。「世相」という小説でその公判記録のことを書いたのを知っていたのであろう。私は「世相」という小説はありゃみな嘘の話だ、公判記録なんか読んだこともない、阿部定を妾にしていた天ぷ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「いつか阿部定も書きたいとおっしゃったでしょう。グロチックね」 私の小説はグロテスクでエロチックだから、合わせてグロチックだと、家人は不潔がっていた。「ああ、今も書きたいよ。題はまず『妖婦』かな。こりゃ一世一代の傑作になるよ」・・・ 織田作之助 「世相」
・・・でも、「田園交響楽」でも、「阿部一族」でも、ちゃんと映画になっている様子だ。「女の決闘」の映画などは、在り得ない。 どうも、自作を語るのは、いやだ。自己嫌悪で一ぱいだ。「わが子を語れ」と言われたら、志賀直哉ほどの達人でも、ちょっ・・・ 太宰治 「自作を語る」
・・・蟹について 阿部次郎のエッセイの中に、小さい蟹が自分のうちの台所で、横っ飛びに飛んだ。蟹も飛べるのか、そう思ったら、涙が出たという文章があった。あそこだけは、よし。 私の家の庭にも、ときたま、蟹が這って来る。君は、芥子つ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・幸田露伴氏の七部集諸抄や、阿部小宮その他諸学者共著の芭蕉俳諧研究のシリーズも有益であった。 外国人のものでは下記のものを参照した。B. H. Chamberlain : "Bash and the Japanese Epigra・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・しかも長谷川君の家は西片町で、余も当時は同じ阿部の屋敷内に住んでいたのだから、住居から云えばつい鼻の先である。だから本当を云うと、こっちから名刺でも持って訪問するのが世間並の礼であったんだけれども、そこをつい怠けて、どこが長谷川君の家だか聞・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・ 冬中いつも唇が青ざめて、がたがたふるえていた阿部時夫などが、今日はまるでいきいきした顔いろになってにかにかにかにか笑っています。ほんとうに阿部時夫なら、冬の間からだが悪かったのではなくて、シャツを一枚しかもっていなかったのです。それに・・・ 宮沢賢治 「イーハトーボ農学校の春」
・・・ 封建のモラルをそれなりその無垢を美しさとして肯定して書いた第一作から、第二作の「阿部一族」迄の間には、作者鴎外の客観性も現実性も深く大きく展開されている。芸術家としての鴎外が興津彌五右衛門の境地にのみとどまり得ないで、一年ののちには更・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・そして、それが、文学の大衆性への翹望などというものから湧いている気持ではなくて、当今、人気作家と云われている作家たちは阿部知二、岸田国士、丹羽文雄その他の諸氏の通りみな所謂純文学作品と新聞小説と二股かけていて、新聞小説をかくことで、その作家・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
出典:青空文庫