・・・ するとある年のなたら(降誕祭の夜、悪魔は何人かの役人と一しょに、突然孫七の家へはいって来た。孫七の家には大きな囲炉裡に「お伽の焚き物」の火が燃えさかっている。それから煤びた壁の上にも、今夜だけは十字架が祭ってある。最後に後ろの牛小屋へ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ ゲッチンゲンから 去年の降誕祭は旅でしました。ウィーンで夜おそく町をうろついて、タンネンバウムを売っているのを見た時にちょうど門松と同じだと思ったのと、ヴェネディヒで二十五日の晩おびただしい人が狭い暗い町をただ・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・毎年十二月になると東京の町々には耶蘇降誕祭の贈物を売る商品の広告が目につく。基督教の洗礼をだに受けたことのないものが、この贈物を購い、その宗旨の何たるかを問わずして、これを人に贈る。これが今の世の習慣である。宗教を軽視し、信仰を侮辱すること・・・ 永井荷風 「西瓜」
降誕祭の朝、彼は癇癪を起した。そして、家事の手伝に来ていた婆を帰して仕舞った。 彼は前週の水曜日から、病気であった。ひどい重患ではなかった。床を出て自由に歩き廻る訳には行かないが、さりとて臥きりに寝台に縛られていると何・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ヨーロッパ諸国じゃ、日本でもブルジョアが自分達の子供に玩具を買ってやるついでに貧児へ所謂慈善をほどこすクリスマスってやつ、キリスト降誕祭、あれを十二月二十五日にうんと盛にやって、その勢で大晦日正月は越しちまうんだ。 ――だって、お前、ソ・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
・・・ ○降誕祭には開いて居た教会の正面の扉に、錠が下ろしてある。 外壁に沿った裏通りに古本屋が露店を出し、空屋に店を出して居るところにモーランの夜開く、武郎の或女、ゾラの小説がさらしてあった。 ○壁の厚さの感じ。 五・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・ クリスマスそのものが、誰の降誕祭かと云えばイエス・キリストで、眼の丸かった赤坊ウォロージャの誕生日ではない。ロシア語はろくに読めないが、国立出版所で插画が面白いから買った本が一冊ある。題は「聖書についての愉快な物語」。第一頁をやっとこ・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
・・・夜のお召は、宝石という宝石を鏤めて降誕祭の晩のように立派に出来ました。朝のお召は、何とかして、夜明けから昼迄の日の色、草木の様子を、そのまま見るように拵えて貰いたいとおっしゃるのです」 人さし指と親指で暫く顎を撫でながら考えた後、お婆さ・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
出典:青空文庫