・・・しかし、だんだん考えてみると、相手の身勝手に気がつき、ただこっちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言い負けたくせに、またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言い争いは殴り合いと同じくらいにいつまでも不快な憎し・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ 第四 決闘の勝敗の次第をお知らせする前に、この女ふたりが拳銃を構えて対峙した可憐陰惨、また奇妙でもある光景を、白樺の幹の蔭にうずくまって見ている、れいの下等の芸術家の心懐に就いて考えてみたいと思います。私はいま仮にこ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・黒する場面や、いちまいの紙幣を奪い合ってそうしてその紙幣を風に吹き飛ばされてふたりあわててそのあとを追うところなどあって、観客も、げらげら笑っているが、男爵には、すべて、ちっともおかしくないのである。陰惨な気がするだけであった。殊にもこの髭・・・ 太宰治 「花燭」
・・・幸福クラブ、誕生の第一の夕、しかし最初の話手が陰惨酷烈、とうてい正視できぬある種の生活断面を、ちらとでもお目にかけたとあっては、重大の問題、ゆゆしき責任を感じます。ありがたいことには、神様、今いちどだけ、私をおゆるし下さいました。たそがれ、・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ ほとんど、ひや酒は、陰惨きわまる犯罪とせられていたわけである。いわんや、焼酎など、怪談以外には出て来ない。 変れば変る世の中である。 私がはじめて、ひや酒を飲んだのは、いや、飲まされたのは、評論家古谷綱武君の宅に於てである。い・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・なにか、陰惨な世界を見たくて、隅田川を渡り、或る魔窟へ出掛けて行ったときなど、私は、その魔窟の二三丁てまえの小路で、もはや立ちすくんで了った。その世界から発散する臭気に窒息しかけたのである。私は、そのようなむだな試みを幾度となく繰り返し、そ・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・気が附くと、私は陰惨な中毒患者になっていた。たちまち、金につまった。私は、その頃、毎月九十円の生活費を、長兄から貰っていた。それ以上の臨時の入費に就いては、長兄も流石に拒否した。当然の事であった。私は、兄の愛情に報いようとする努力を何一つ、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ヒロインが病院の病室を一つ一つ見回って愛人を捜す場面で、階下から聞こえて来る土人女の廃頽的な民謡も、この場の陰惨でしかもどこかつやけのある雰囲気を濃厚にする。それから次の酒場で始終響いているピアノの東洋的なノクターンふうの曲が、巧妙にヒロイ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・話の筋も場面も実に尋常普通の市井の出来事で、もっとも瘋癲病院の中で酒精中毒の患者の狂乱する陰惨なはずの場面もありはするがいったいに目先の変わりの少ないある意味では退屈な映画である。それだけに、そうしたものをこれだけにまとめ上げてそうしてあま・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ キリストの磔刑を演出する受難劇の場面で始まるこのフランス映画には、おしまいまで全編を通じて一種不思議な陰惨で重くるしい悪夢のような雰囲気が立ち込めている。これはもちろんこの映画の題材にふさわしいように製作者の意図によって故意にかもし出・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫