・・・帆をあげた舟、発動汽船、ボート、櫓で漕ぐ舟、それらのものが春のぽかぽかする陽光をあびて上ったり下ったりした。 黒河からブラゴウエシチェンスクへは、もう、舟に乗らなければ渡ってくることはできない。しかし、警戒兵は、油断がならなかった。税関・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・もう少し行くと路地の角の塀に掛けた居住者姓名札の中に「寒川陽光」とあるのが突然眼についた。そのすぐ向う側に寒川氏の家があって、その隣が子規庵である。表札を見ると間違いはないのであるが、どういうものか三十年前の記憶とだいぶちがうような気がする・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・すると小さな炎が明るい部屋の陽光にけおされて鈍く透明にともる。その薄明の中に、きわめて細かい星くずのような点々が燦爛として青白く輝く、輝いたかと思った瞬間にはもう消えてしまっている。 この星のような光を見る瞬間に突然不思議な幻覚に襲われ・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・雲が破けて、陽光が畑いちめんに落ちると、麦の芽は輝き躍って、善ニョムさんの頬冠りは、そのうちにまったく融けこんでしまった。 それだから、ちょうどそのとき、一匹の大きなセッター種の綺麗な毛並の犬が、榛の木の並樹の土堤を、一散に走ってくるの・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・ 彼は、待合室から、駅前の広場を眺めた。 陽光がやけに鋭く、砂利を焙った。その上を自動車や、電車や、人間などが、焙烙の上の黒豆のように、パチパチと転げ廻った。「堪らねえなあ」 彼は、窓から外を見続けていた。「キョロキョロ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫