・・・―― これは近頃の事であるが、遠く文献を溯っても、彼に関する記録は、随所に発見される。その中で、最も古いのは、恐らくマシウ・パリスの編纂したセント・アルバンスの修道院の年代記に出ている記事であろう。これによると、大アルメニアの大僧正が、・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・いてゆく柳の葉のように青い川の水になって、なめらかなガラス板のような光沢のある、どことなく LIFELIKE な湖水の水に変わるまで、水は松江を縦横に貫流して、その光と影との限りない調和を示しながら、随所に空と家とその間に飛びかう燕の影とを・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・執着心がないからして都府としての公共的な事業が発達しないとケナス人もあるが、予は、この一事ならずんばさらに他の一事、この地にてなし能わずんばさらにかの地に行くというような、いわば天下を家として随所に青山あるを信ずる北海人の気魄を、双手を挙げ・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 諸君が随処、淡路島通う千鳥の恋の辻占というのを聞かるる時、七兵衛の船は石碑のある処へ懸った。 いかなる人がこういう時、この声を聞くのであるか? ここに適例がある、富岡門前町のかのお縫が、世話をしたというから、菊枝のことについて記す・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 橋の袂にも、蘆の上にも、随所に、米つき虫は陽炎のごとくに舞って、むらむらむらと下へ巻き下っては、トンと上って、むらむらとまた舞いさがる。 一筋の道は、湖の只中を霞の渡るように思われた。 汽車に乗って、がたがた来て、一泊幾干の浦・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・…… うの花にはまだ早い、山田小田の紫雲英、残の菜の花、並木の随処に相触れては、狩野川が綟子を張って青く流れた。雲雀は石山に高く囀って、鼓草の綿がタイヤの煽に散った。四日町は、新しい感じがする。両側をきれいな細流が走って、背戸、籬の日向・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・いつでも非常なよい声で唄をうたって、随所の一団に中心となるおとよさんが今日はどうしたか、ろくろく唄もうたわなかったからして、みんなの統一を欠いたわけだ。清さんや清さんのお袋は、またどうしたかごきげんが悪いや、珍しくもない、というくらいな心で・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ かつ椿岳の水彩や油画は歴史的興味以外に何の価値がない幼稚の作であるにしろ、洋画の造詣が施彩及び構図の上に清新の創意を与えたは随所に認められる。その著るしきは先年の展覧会に出品された広野健司氏所蔵の花卉の図の如き、これを今日の若い新らし・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・大阪でいうならば、難波の前に千日前、堂島の前に京町堀、天満の前に天神橋といったあんばいに、随所に直営店をつくり、子飼いの店員をその主任にした。 支店と直営店とは、だいいち店の構えからして違って、直営店に客が集まるのは当然のこと、支店の自・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・春、夏、秋、冬、朝、昼、夕、夜、月にも、雪にも、風にも、霧にも、霜にも、雨にも、時雨にも、ただこの路をぶらぶら歩いて思いつきしだいに右し左すれば随処に吾らを満足さするものがある。これがじつにまた、武蔵野第一の特色だろうと自分はしみじみ感じて・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
出典:青空文庫