・・・ どのくらい時間が経ったか、隙間風が肌寒くすっかり夜になっていた。急に、「維康さん、お電話でっせ」胸さわぎしながら電話口に出てみると、こんどは誰か分らぬ女の声で、「息を引きとらはりましたぜ」とのことだった。そのまま病院を出て駆けつけた。・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 扉には、隙間風が吹きこまないように、目貼りがしてあった。彼は、ポケットから手を出して、その扉をコツコツ叩いた。「今晩は。」 屋内ではぺーチカを焚き、暖気が充ちている。その気はいが、扉の外から既に感じられた。「今晩は。」・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 廊下の羽目からは鋭い隙間風が頸のうしろにあたって、背中がゾーゾーする。自分は羽織の衿を外套の襟のように立てて坐っている。昼になると、小使いがゴザの外のじかにペタリと廊下へ弁当を置き、白湯の椀を置いた。弁当から二尺と隔らないところに看守・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・冬中この二階は隙間風がひどく四十度前後であった。でも私も今年は風邪をひかず、その事ではあなたの御自慢にまけません。私の方は健康だわしの励行が大分によい結果を示しているらしい様子です。この頃は、毎年のことであるが、どちらかというと疲れ易く、し・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・マリアはアトリエの隙間風を防ぐために修道僧のようなずきんつきの大外套をこしらえさせた。それを着て、やはり猛烈に仕事をしつづける。「私は近頃自分のことを話したり書いたりする時に泣き出さないではいられなくなった。」「人生は結局外観はどうあろうと・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫