・・・それがまた気を負った煙客翁には、多少癇にも障りました。何、今貸してもらわなくても、いつかはきっと手に入れてみせる。――翁はそう心に期しながら、とうとう秋山図を残したなり、潤州を去ることになりました。 それからまた一年ばかりの後、煙客翁は・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ こんな事を申しましてお聞上げ……どころか、もしお気に障りましては恐入りますけれども、一度旦那様をお見上げ申しましてからの、お米の心は私がよく存じております。囈言にも今度のその何か済まないことやらも、旦那様に対してお恥かしいことのようで・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・狼、のしのしと出でてうかがうに、老いさらぼいたるものなれば、金魚麩のようにて欲くもあらねど、吠えても嗅いでみても恐れぬが癪に障りて、毎夜のごとく小屋をまわりて怯かす。時雨しとしとと降りける夜、また出掛けて、ううと唸って牙を剥き、眼を光らす。・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・りく お気に障りましたら、御勘弁下さいまし。撫子 飛んでもない。お辞儀なんかしちゃあ不可ません。おそのさん、おりくさん。りく いいえ、奥様、私たちを、そんな、様づけになんかなさらないで、奉公人同様に、りくや。その その、と呼・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・物の隅々に溜っていた塵屑を綺麗に掃き出して掃除したように、手も足も頭もつかえて常に屈まってたものが、一切の障りがとれてのびのびとしたような感じに、今日ほど気の晴れた事はなかった。 御蛇が池にはまだ鴨がいる。高部や小鴨や大鴨も見える。冬か・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
一 またしても大阪の話である。が、大阪の話は書きにくい。大阪の最近のことで書きたいような愉快な話は殆んどない。よしんばあっても、さし障りがあって書けない。「音に聴く大阪の闇市風景」などという注文に応じて・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・その音も善平の耳に障りて、笑ましき顔も少し打ち曇りしが、それはどんな人であっても探せばあらはきっと出る、長所を取り合ってお互いに面白く楽しむのが交際というものだ。お前はだんだん偏屈になるなア。そんな風で世間を押し通すことは出来ないぞ。とさす・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・と云いながら傍へ寄って、源三の衣領を寛げて奇麗な指で触ってみると、源三はくすぐったいと云ったように頸を縮めて障りながら、「お止よ。今じゃあ痛くもなんともないが、打たれた時にあ痛かったよ。だって布袋竹の釣竿のよく撓う奴でもってピューッ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・りかかりの旅僧がそれを気の毒に思うて犬の屍を埋めてやった、それを見て地蔵様がいわれるには、八十八羽の鴉は八十八人の姨の怨霊である、それが復讐に来たのであるから勝手に喰わせて置けば過去の罪が消えて未来の障りがなくなるのであった、それを埋めてや・・・ 正岡子規 「犬」
・・・一週間の間に面会する必要のある人は、相互にさし障りのない限り、一度に、順々話もすませ、次の週の順序も立てて仕舞うのです。 土曜日は、一週間の買い入れ日です。あちらでは、日曜日は一般に全くの休日で、八百屋から肉屋、文房具屋まで店を閉じてし・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫