・・・田舎から出たばかりの清浄な肉体は、清潔であるが故に悪条件の中ではもろくて、これらの産業戦士たちが第一に犯かされるのが結核、次は脚気、つづいて視力障碍である。大抵の雇主は、健康保険三ヵ月の期間中はおいて、それが切れると、あらゆる病を故郷の土さ・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・どんな sport をしたって、障礙を凌ぐことはある。また芸術が笑談でないことを知らないのでもない。自分が手に持っている道具も、真の鉅匠大家の手に渡れば、世界を動かす作品をも造り出すものだとは自覚している。自覚していながら、遊びの心持になっ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・それだからどうぞ殿様に殉死を許して戴こうという願望は、何物の障礙をもこうむらずにこの男の意志の全幅を領していたのである。 しばらくして長十郎は両手で持っている殿様の足に力がはいって少し踏み伸ばされるように感じた。これはまただるくおなりに・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・素とフウフェランドは蘭訳の書を先輩の日本訳の書に引き較べて見たのであるが、新しい蘭書を得ることが容易くなかったのと、多くの障碍を凌いで横文の書を読もうとする程の気力がなかったのとの為めに、昔読み馴れた書でない洋書を読むことを、翁は面倒がって・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・彼の見た偶像は真実の生の障礙たる迷信の対象に過ぎなかった。彼が名もなき一人のさすらい人としてアテネの町を歩く。彼の目にふれるのは偶像の光栄に浴し偶像の力に充たされたと迷信する愚昧な民衆の歓酔である。彼らは鐃や手銅鼓や女夫笛の騒々しい響きに合・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫