・・・ 去年の暮にも、隣家の少年が空気銃を求め得て高く捧げて歩行いた。隣家の少年では防ぎがたい。おつかいものは、ただ煎餅の袋だけれども、雀のために、うちの小母さんが折入って頼んだ。 親たちが笑って、「お宅の雀を狙えば、銃を没収すると言・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・三畳の窓を潜って、小こい、庭境の隣家の塀から入ったな。争われぬもんだってば。……入った処から出て行くだからな。壁を摺って、窓を這って、あれ板塀にひッついた、とかげ野郎。」 小春は花のいきするように、ただ教授の背後から、帯に縋って、さめざ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・左右の隣家は椎森の中に萱屋根が見える。九時過ぎにはもう起きてるものも少なく、まことに静かに穏やかな夜だ、月は隣家の低い森の上に傾いて、倉も物置も庇から上にばかり月の光がさしている。倉の軒に迫って繁れる梅の樹も、上半の梢にばかり月の光を受けて・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・壁一重の隣家を憚って、蹴上の旅館へ寺田を連れて行ったりした。そんな旅館を一代が知っていたのかと寺田はふと嫉妬の血を燃やしたが、しかしそんな瞬間の想いは一代の魅力ですぐ消えてしまった。 ある夜、一代は痛いと飛び上った。驚いて口をはなし、手・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・家の近くまで来ると、隣家の人が峻の顔を見た。そして慌てたように「帰っておいでなしたぞな」と家へ言い入れた。 奇術が何とか座にかかっているのを見にゆこうかと言っていたのを、峻がぽっと出てしまったので騒いでいたのである。「あ。どうも・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かったのが瞭然しない。しかしその家が暗くなかったら、あんなにも私を誘惑するには至らなかったと思う。もう一つはその家の打・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・少女は頭を上げてちょっと見上げたが、其儘すぐ一軒置た隣家の二階に目を注いだ。 隣家の二階というのは、見た処、極く軒の低い家で、下の屋根と上の屋根との間に、一間の中窓が窮屈そうに挾まっている、其窓先に軒がさも鬱陶しく垂れて、陰気な影を窓の・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・理髪所の裏が百姓家で、牛のうなる声が往来まで聞こえる、酒屋の隣家が納豆売の老爺の住家で、毎朝早く納豆納豆と嗄声で呼んで都のほうへ向かって出かける。夏の短夜が間もなく明けると、もう荷車が通りはじめる。ごろごろがたがた絶え間がない。九時十時とな・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
隣家のS女は、彼女の生れた昨年の旱魃にも深い貯水池のおかげで例年のように収穫があった村へ、お米の買出しに出かけた。行きしなに、誰れでも外米は食いたくないんだから今度買ってきたら分けあって食べましょうと云って乗合バスに乗った・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 源作の嚊の、おきのは、隣家へ風呂を貰いに行ったり、念仏に参ったりすると、「お前とこの、子供は、まあ、中学校へやるんじゃないかいな。銭が仰山あるせになんぼでも入れたらえいわいな。ひゝゝゝ。」と、他の内儀達に皮肉られた。 ・・・ 黒島伝治 「電報」
出典:青空文庫