・・・成程そう云えば一つ卓子の紅茶を囲んで、多曖もない雑談を交換しながら、巻煙草をふかせている間でさえ、彼が相当な才物だと云う事はすぐに私にもわかりました。が、何も才物だからと云って、その人間に対する好悪は、勿論変る訳もありません。いや、私は何度・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・北京にある日本公使館内の一室では、公使館附武官の木村陸軍少佐と、折から官命で内地から視察に来た農商務省技師の山川理学士とが、一つテエブルを囲みながら、一碗の珈琲と一本の葉巻とに忙しさを忘れて、のどかな雑談に耽っていた。早春とは云いながら、大・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・これもやはりざあざあ雨の降る晩でしたが、私は銀座のある倶楽部の一室で、五六人の友人と、暖炉の前へ陣取りながら、気軽な雑談に耽っていました。 何しろここは東京の中心ですから、窓の外に降る雨脚も、しっきりなく往来する自働車や馬車の屋根を濡ら・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・口々に雑談をするのを聞くと、お谷さんが、朝化粧の上に、七つ道具で今しがた、湯へ行こうと、門の小橋を跨ぎかけて、あッと言った、赤い鼠! と、あ、と声を内へ引いて遁込んで、けたたましい足音で、階子壇を駆上がると、あれえあれえと二階を飛廻って欄干・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・要旨を掻摘むと、およそ弁論の雄というは無用の饒舌を弄する謂ではない、鴎外は無用の雑談冗弁をこそ好まないが、かつてザクセンの建築学会で日本家屋論を講演した事がある、邦人にして独逸語を以て独逸人の前で演説したのは余を以て嚆矢とすというような論鋒・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 暫らく取りとめない雑談をした末、私は機を求めて、雨戸のことを申し出た。だしぬけの、奇妙な申し出だった故、二人は、いえ、構いません、どうぞおあけになって下さいと言ったものの、変な顔をした。もう病気のことを隠すわけにはいかなかった。「・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・あとは幾子の顔を見ながら、小説のことを考えたり、雑誌を読んだり、客と雑談したりしているのだ。客のなかには文学青年の入山もいる。なかなかの美青年で、やはり幾子に通っているらしい。いわば二人は心ひそかに張り合っているのだ。そしてお互い自分の方に・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 二人は一時間余りも斯うした取止めのない雑談をしていた。その間に横井は、彼が十年来続けてるという彼独特の静座法の実験をして見せたりした。横井は椅子に腰かけたまゝでその姿勢を執って、眼をつぶると、半分とも経たないうちに彼の上半身が奇怪な形・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・それからしばらく雑談した。 自分は話をしているうちに友人の顔が変に遠どおしく感ぜられて来た。また自分の話が自分の思う甲所をちっとも言っていないように思えてきた。相手が何かいつもの友人ではないような気にもなる。相手は自分の少し変なことを感・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・何峠から以西、何川辺までの、何町、何村、字何の何という処々の家の、種々の雑談に一つ新しい興味ある問題が加わった。愈々大津の息子はお梅さんを貰いに帰ったのだろう、甘く行けば後の高山の文さんと長谷川の息子が失望するだろう、何に田舎でこそお梅さん・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫