・・・ と納戸へ入って、戸棚から持出した風呂敷包が、その錦絵で、国貞の画が二百余枚、虫干の時、雛祭、秋の長夜のおりおりごとに、馴染の姉様三千で、下谷の伊達者、深川の婀娜者が沢山いる。 祖母さんは下に置いて、「一度見さっしゃるか。」と親・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・三月三日でお雛祭の日だのに雨まじりの小雪さえ降り、寒い陰気な日であった。何でも、まだ電気の燈いている時分に起き、厚い着物に蝶模様の羽織を着、前夜から揃えてあった鉛筆や定木、半紙の入った包みを持って出かけた。俥に乗り、前ばかりを見つめて大学の・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
・・・ 川添の家では雛祭の支度をしていた。奥の間へいろいろな書附けをした箱を一ぱい出し散らかして、その中からお豊さんが、内裏様やら五人囃しやら、一つびとつ取り出して、綿や吉野紙を除けて置き並べていると、妹のお佐代さんがちょいちょい手を出す・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫