・・・ それを手離すと云う事はかなり辛かった。 さきだってまた、夜こそ更かすが朝もそんなに早くなし、嫌いな事さえしなければ怒られもしず時々は友達みたいに打ちとけて話す事さえあるほどだからあんまりい気持はしないにきまってる。 新らしい女・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・しかし、去年の暮以来、母は若い時から自慢の直感で娘の夫からうけた感じはどこかへ押しこんでしまって、娘とその夫とを、自分から押し離すように行動した。 母にとっては自分をそのように行動させる真の動機がどういうものであるかということは恐らく考・・・ 宮本百合子 「母」
・・・病兵の喰べる「肉を骨から離す」事である。役所の規定は「食物は等分に分配すべし」とだけあって、配られたのが骨ばかりだったにしてもそれはその兵士の不運なのだし、ましてそれを噛む顎を弾丸にやられていたとすれば、それこそその兵の重なる不運と諦めるし・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・ そう、人間は確かに祖国の土から、彼等の足を離す事は出来ない。人間である総ての者は彼等の祖国の土を思わずには居られない。 私は、日本人許りだと云うのではない。英吉利人だけだとは云わない。人間である。万人が万人の人間である。此の地殻の・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・座敷を見ている間は、僕はどうしても二人から目を離すことが出来なかった。客が皆飲食をしても、二人は動かずにじっとしている。袴の襞を崩さずに、前屈みになって据わったまま、主人は誰に話をするでもなく、正面を向いて目を据えている。太郎は傍に引き添っ・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・それからわたくしはあなたをちょっとの間も手離すまいとしたのですね。あなたが誰と知合になられたとか、誰と芝居へおいでになったとか云うことを、わたくしは一しょう懸命になって探索したのです。あのころ御亭主は用事があってロンドンへ往っておいでになる・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
出典:青空文庫