・・・……可愛がってくれるだろう。雪白肌の透綾娘 と言やあがった…… その透綾娘は、手拭の肌襦袢から透通った、肩を落して、裏の三畳、濡縁の柱によっかかったのが、その姿ですから、くくりつけられでもしたように見えて、ぬの一重の膝の上に、小児の・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・堪らず袖を巻いて唇を蔽いながら、勢い釵とともに、やや白やかな手の伸びるのが、雪白なる鵞鳥の七宝の瓔珞を掛けた風情なのを、無性髯で、チュッパと啜込むように、坊主は犬蹲になって、頤でうけて、どろりと嘗め込む。 と、紫玉の手には、ずぶずぶと響・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・卓あり、粗末なる椅子二個を備え、主と客とをまてり、玻璃製の水瓶とコップとは雪白なる被布の上に置かる。二郎は手早くコップに水を注ぎて一口に飲み干し、身を椅子に投ぐるや、貞二と叫びぬ。 声高く応してここに駆け来る男は、色黒く骨たくましき若者・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・幾個かの皿すでに洗いおわりて傍らに重ね、今しも洗う大皿は特に心を用うるさまに見ゆるは雪白なるに藍色の縁とりし品なり。青年が落とせし楓の葉、流れて少女の手もと近く漂いゆくを、少女見てしばし流れ去るを打ちまもりしが急に手を伸ばして摘まみ、皿にの・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・黒褐色の服に雪白の襟と袖口。濃い藍色の絹のマントをシックに羽織っている。この画は伊太利亜で描いたもので、肩からかけて居る金鎖はマントワ侯の贈り物だという。」またいう、「彼の作品は常に作後の喝采を目標として、病弱の五体に鞭うつ彼の虚栄心の結晶・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・船の上でも下でも雪白の服を着た人の群れがまっ白なハンケチをふりかわした。 四 ペナンとコロンボ四月十三日 ……馬車を雇うて植物園へ行く途中で寺院のような所へはいって見た。祭壇の前には鉄の孔雀がある。参詣者はそ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・我妹、雪白の祭壇の上に潔く安置された柩の裡にあどけないすべての微笑も、涙も、喜びも、悲しみも皆納められたのであろうか。永久に? 返る事なく? 只一度の微笑みなり一滴の涙なりを只一度とのこされた姉は希うのである。 思い深く沈んだ夜は私・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・生々とした眸、むき出された雪白の歯、こうした笑いをC女史は十年この方絶えて見たことがありませんでした」戦慄が、C女史の体を貫いて走った。名状しがたい感激がわき上った。「驚きではない、怒りでもない、悲しみでもない。彼女はただしっかりとこの一枚・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・白皮に此も雪白のうさぎの毛を飾って、つまさきは、美くしいビーズで一寸した模様を置いてある。私はそのフワフワと手触りの柔かい靴を掌に乗せて、暫くは凝っと眺めて居た。 丸い肥った顔と、清んだ朗な高い声、小さい独り言と、太陽のような大笑い。・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫