・・・やがて若葉の裏を翻して暗く重く風が渡り、暗澹とした夕立空の前にクッキリ白い火見櫓が立ち、頂上のガラスを鈍く光らせたと思うと、パラリ、パラリ大粒なのが落ちて来た。自分は思わず心の内に舌うちをした。 ザーッ、ザッと鋪道を洗い、屋根にしぶいて・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・やっと十九か二十ぐらいの、修業ざかりと思われる若僧が、衣の袖を翻して心得顔に、「結構なものですな。まるでギリシア彫刻を見るようです、大理石の味がある」などと云う時、ははんと寥しいのは、私の性根がひねくれているのだろうか? 奈良の僧侶・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・ という声が高まって来ると一緒に、森じゅうの木という木の葉が、波のように白い葉裏を翻しながら、彼に向って泡立って来ました。 ギワーツク、ギワーツク、カットンロー、カットンロー…… ハッハッハッ! ホッホッホッ! ユーラスは、自分・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 一枚、一枚を使うインクの色をちがえ、バラバラと指で翻し、さも学者らしく一杯ならんだ文字を見ると、自分は楽しさで、来ようとする試験の怖さも忘れた。今でも頭にあることは、書く字の要点に非常な注意と、成人の心持とを見通したことだ。例えば、巳・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
・・・それはほかでもない、春の朗かな或る朝、人々が朝の挨拶を交しながら元気よく表の戸や窓を開けていると、遙か向うの山の城の方から、白馬に騎り、緋の旗を翻した一隊の人々が町に入って来、家もあろうに、一本針の婆さんの処へ止ったというのです。 頭に・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・どうもお豊さんがそう急に意を翻したとは信ぜられない。何の話であろうか。こう思いながら音吉と一しょに川添へ戻って来た。「お帰りがけをわざわざお呼び戻しいたして済みません。実は存じ寄らぬことが出来まして」待ち構えていた川添のご新造が、戻って・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・両手で小鳥を掴もうとして追っかける度に、小鳥は身を翻して、いつまでも飛び廻った。「おれのう、もう掴まるか、もう掴まるかと思って、両手で鳥を抑えると、ひょいひょいと、うまい具合に鳥は逃げるんです。それで、とうとう学校が遅れて、着いてみたら・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫