・・・「向うの電信柱の下で立ったまま居睡りをしているあの人です。」「そうか。よろしい。向うの電信ばしらの下のやつを縛れ。」巡査や検事がすぐ飛んで行こうとしました。その時ネネムは、ふともっと向うを見ますと、大抵五間隔きぐらいに、あくびをした・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 暫くして一太が出て来ると、母親が遠くの電信柱のところに立っていて、おいでおいでをした。彼女は勇気がなかったから、自分で玉子を売らず、いつも外で幼い一太が稼いで来るのを待っているのであった。母親を見ると、特別、売れたときなど一太は思わず・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・と、姓だけしか書いてない紙が板塀や電信柱に貼られている。そこに、和服裁縫の内職という仕事にからみついている独特な雰囲気がある。 この節のようなインフレーションでどの家でも貯金もなくなり、子供に一本の飴でも食べさせたいため、また夫の誕生日・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ あなたの窓から見えるものは何でしょう、空、電信柱、雀、樹の梢、それから何でしょう? 花はあるかしら。この頃きっと随分空を御覧になるでしょう。空は時々海に似て、よく眺め入ると体が浮いてしまうでしょう? 流れてゆくでしょう? 私はこの感じ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 町につづいて居る小高くなって居る往還は、霜が降っても土は柔くなろうとはしず、只かしかしにかたまって、荷馬はよく蹄を破るし、人は下駄を早くいためる。電信柱は、ブーン、ブーンと、はげしいうなりを立て始めた。 何と云う寒い淋しい事だろう・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・五つか六つの時、孫の薬とりに行った老婆が、電信柱に結びつけられ兵隊に剣付鉄砲で刺殺されたと云う、日比谷の焼打ちの時か何かの風聞を小耳に挟んで以来、戒厳令と云うことは、私に何とも云えない暗澹と惨虐さとを暗示するのだ。私は、一時に四方の薄暗さと・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫