・・・私は、この緑の風呂敷を、電燈を覆うのに使用したわけは、けれども、その不潔の風呂敷の黴菌を、電球の熱でもって消毒しよう、そうして消毒してから、ながくわが家のものとして使用しようなどの下心からではない。そんなことは無い。私には全くそんな悪心がな・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・一、新入院の者ある時には、必ず、二階の見はらしよき一室に寝かせ、電球もあかるきものとつけかえ、そうして、附き添って来た家族の者を、やや、安心させて、あくる日、院長、二階は未だ許可とってないから、と下の陰気な十五名ほどの患者と同じの病棟へ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ 人間の眼玉は、風景をたくわえる事が出来ると、いつか兄さんが教えて下さった。電球をちょっとのあいだ見つめて、それから眼をつぶっても眼蓋の裏にありありと電球が見えるだろう、それが証拠だ、それに就いて、むかしデンマークに、こんな話があった、・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・風船玉ぐらいだったとか、電球の大きさだったとかいうのが普通である。言う人の心持ちではやはりだいたいその目的物の距離を無意識に仮定しているのである。 月や太陽が三十メートルさきの隣家の屋根にのっかっている品物であったらそれはたしかに盆大で・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・赤、青、緑、いろいろの電球をズックの天井の下につるし並べてイルミネーションをやる。一等室のほうからも燕尾服の連中がだんだんにやってくる。女も美しい軽羅を着てベンチへ居並ぶ。デッキへは蝋かなにかの粉がふりまかれる。楽隊も出て来てハッチの上に陣・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・寝た部屋が真暗で、電燈をつけようと思ったら電球が外ずしてあったそうで、そのときに友人は天井から垂れ下がったコードを目撃したであろうし、またソケットに露出した電極の電圧の危険を無意識に意識したのではないかと思われる。それがこの夢の第二の素因ら・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・ 彼は安岡が依然のままの寝息で眠りこけているのを見すますと、こんどは風のように帰ってきて、スイッチをひねらないで電球をねじって灯を消した。 そうして開けたドアから風のように出て行った。 安岡はそれを感じた。すぐに彼は静かに上半身・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ 私はヘトヘトになって板壁を蹴っている時に、房と房との天井際の板壁の間に、嵌め込まれてある電球を遮るための板硝子が落ちて来た。私は左の足でそれを蹴上げた。足の甲からはさッと鮮血が迸った。 ――占めた!―― 私は鮮血の滴る足を、食・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・陽子はさし当り入用な机、籐椅子、電球など買った。四辺が暗くなりかけに、借部屋に帰った。上り端の四畳に、夜具包が駅から着いたままころがしてある。今日は主の爺さんがいた。「勝手に始末しても悪かろうと思って――私が持って行って上げましょう」・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・に撮されているようなごろた石を鋪道にしたような裏通りまで、カフェーの前あたりはもとより往来のあっちからこっち側へと一列ながら花電球も吊るされ、青い葉を飾った音楽師の台が一つの通りに一つはつくられて、街という街は踊る男女の群集で溢れる。 ・・・ 宮本百合子 「十四日祭の夜」
出典:青空文庫