・・・すぐに非常号音を鳴らします。すぐに電話で潜水夫を呼び寄せます。無論同時に秘密警察署へも報告をいたしまして、私立探偵事務所二箇所へ知らせましたそうで。」「なるほど。シエロック・ホルムス先生に知らせたのだね。」 門番はおれの顔を見た。そ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・これと、ずっと後に警察で電話をかけたりする場面とはどうも全く別の世界のような気がする。ポリー母子がミリナーの店の前で飾り窓の中のマヌカンを見ている。そこへ近づくメッサーの姿が窓ガラスに映ってだんだん大きくなるのが印象的な迫力をもっている。「・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 料理を誂えておいて、辰之助が馴染の女でも呼ぶらしく自身電話をかけている間に、道太は風呂場へ行った。そして水をうめているところへ彼もやってきた。「去年の九月を思いだすね」道太は湯に浸りながら言った。「さよさよ。あの時はどうも……・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・『たけくらべ』や『今戸心中』のつくられた頃、東京の町にはまだ市区改正の工事も起らず、従って電車もなく、また電話もなかったらしい。『今戸心中』をよんでも娼妓が電話を使用するところが見えない。東京の町々はその場処場処によって、各固有の面目を・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・婆さんの淀みなき口上が電話口で横浜の人の挨拶を聞くように聞える。 宜しければ上りましょうと婆さんがいう。余はすでに倫敦の塵と音を遥かの下界に残して五重の塔の天辺に独坐するような気分がしているのに耳の元で「上りましょう」という催促を受けた・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・一昨日の第二限ころなんか、なぜ燈台の灯を、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありません・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・事件当夜、立川市の警察署長は立川国警から電話をうけて、八時半頃三鷹附近で事件がおきるから注意して警戒にあたれと、命令をうけたと二十七日『アカハタ』記者に語っています。電話をかけた立川国警署長は、「同様な意味の電話が国警本部から八時半頃あった・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 二三人の同僚が食堂へ立ったとき、電話のベルが鳴った。給仕が往って暫く聞いていたが、「少々お待下さい」と云って置いて、木村の処へ来た。「日出新聞社のものですが、一寸電話口へお出下さいと申すことです。」 木村が電話口に出た。「・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・さっき、電話をかけたんだからね、もう直ぐなんだから。」「あたし、さきへ死ぬわ、もう、苦しくって。」「よしよし、安心してればいい。何も心配しなくてもいい。」と彼はいった。 妻は頷くと眼を大きく開いたまま部屋の中を見廻した。一羽の鴉・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・しかし我々の前の十年は、汽車、汽船、電信、電話、特に自動車の発達によって、我々の生活をほとんど一変した。飛行機、潜航艇等が戦術の上に著しい変化をもたらしたのもわずかこの十年以来のことである。その他百千の新発明、新機運。それが未曾有の素早さで・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫