・・・彼が鶏に餌をやろうとしていた時、KS電鉄の重役が贈賄罪で起訴収容され、電車は、おじゃんになってしまったことを、村の者が知らしてきたのである。「何だ、そんなことで腰をぬかすなんて!」 僕は立つことの出来ない親爺を見ながらなぜか、清々と・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・えって、こんどは可成りの額の小遣銭を懐中して、さて、君の友人はどこにいるか、制服制帽を貸してくれるような親しい友人はいないか、と少年に問い、渋谷に、ひとりいるという答を得て、ただちに吉祥寺駅から、帝都電鉄に乗り、渋谷に着いた。私は少し狂って・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 草津電鉄で、駅と旧軽井沢との間に通称「白樺電車」というものを通わせている。いかにも軽井沢らしい象徴的な交通機関である。柱や手すりを白樺の丸太で作り、天井の周縁の軒ばからは、海水浴場のテントなどにあるようなびらびらした波形の布切れをたれ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ただいちばん面食らわされるのは、東京付近などで年々新しく開設される電鉄軌道や自動車道路がその都度記入されていないことだけである。 東京付近へドライヴに出るとき気のついたことは、たいていの運転手が陸地測量部地形図を利用しないでかえって坊間・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・電車は危険だが、交通に便だから、一定の道路に限って、危険の念を抽出して、あるいてやろうと云う条件の下に、東鉄や電鉄が存在すると同じ事であります。裸体画も、東鉄も、電鉄も、あまり威張れば存在の権利を取上げてよいくらいのものであります。しかし一・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ こうして、蚕を飼ってため、糸をひいてためたへそくりを微妙な道ゆきで吸いとられつつ、人々は渋の温泉や上林の電鉄ホテルにのぼって来て一泊をする。 温泉場を貫いて往復する自動車は、どれも泥よけをつけていない。長野県ではそれでよい規則・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・長野から湯田中まで電鉄。その後自動車でのぼり二十分ばかり来ると、桜並木のところに、店頭にお菓子を並べてタバコの赤いかんばんが出ている、そこがせきやです。部屋からは、その桜並木、むこうの杉山、目の前には杉、桜、楓など。お湯はおだやかな性質で、・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫