・・・若し、人類が、各人一つの心臓と共に、真剣な霊魂を与えられているなら、真実なものをつかもうとし、自分等の経た、少くとも或る部分のあやまりには気付かずにいられなくなって来たのです。それゆえ、殆ど、地球上全部の人間が、私は、今、新たな、もっと恒久・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・ 現在、私の心を満し、霊魂を輝やかせ、生活意識をより強大にしている愛は、本質に於て不死と普遍とを直覚させています。 けれども、若し、明日、彼を、冷たい、動かない死屍として見なければならなかったら、どうでしょう! 心が息を窒めてし・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・ 真の愛に跪拝するものが、どうして、不死の霊魂の栄を見ないで居られよう。 又如何うして、あらゆる幸福から虐げ追われた不幸な人々の魂の吐息に耳を傾けずに居られよう。 今、此の静安な夜の空の下に、深く眠る幸福な人々よ、 又、終夜・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・心を鎮め、自然を凝視すると、あらゆる不透明な物体を徹して、霊魂が漂い行くのを感じずにはいないだろう。それも、春始めの、人間らしく、或は地上のものらしく、憧憬や顫える呼吸をもった游衍ではない。心が、深くセレーンな空気の裡に溶け入りて一体となり・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・淑貞の窈窕たる体には活溌な霊魂が投げ入れられて、豊満になった肉体とともに、冗談を云う娘となって来た。 二十八年間を中国に暮したC女史にとって、故郷の天気は却って体に合わなくなっている。C女史はものうくベッドにもたれていた。軽快な足どりで・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・生きる霊魂には斯ういう忘我がなければならない。小細工に理窟で修繕するのではない根からすっかり洗われるのだ。そして軽々と「果」を超える。只一点に成るのだ。 昔小学校で送った幾年かの記憶は、渾沌としている。其の渾沌の裡に只三つ丈光った星・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・ これらの、本質においては極めて健康なそして尊敬すべきそれらの懐疑を発展させて、解決させるに当って、トルストイは自身の大地主、大貴族的生活からの考えかたや感情に制約され、すべてを人類の霊魂の高まりによって解決しようとした。そして宗教へさ・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・自由だの、霊魂不滅だの、義務だのは存在しない。その無いものを有るかのように考えなくては、倫理は成り立たない。理想と云っているものはそれだ。法律の自由意志と云うものの存在しないのも、疾っくに分かっている。しかし自由意志があるかのように考えなく・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・自己の第二の天性にしようとしていた。そしてついにその目的を達した。 彼女はすでに機械的の演技と衝動的の発作から離れた。彼女は自己を支配する。自然を支配する。自己の霊魂を支配する。彼女はもう黒人でもなければ足をもって画くラファエロでもない・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・哲学者は急に熱心になって霊魂不滅の信仰が迷妄に過ぎないこと、この迷妄を打破しなければ人間の幸福は得られないことを説いて彼を反駁する。彼は全能の造物主を恐れないのかときく。哲学者はこの世界が元子の離合集散に過ぎないこと、現世の享楽の前には何の・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫