・・・――内蔵助も、眦の皺を深くして、笑いながら、「何か面白い話でもありましたか。」「いえ。不相変の無駄話ばかりでございます。もっとも先刻、近松が甚三郎の話を致した時には、伝右衛門殿なぞも、眼に涙をためて、聞いて居られましたが、そのほかは・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・けれどもそれが私たちには面白くってならなかったのです。足の裏をくすむるように砂が掘れて足がどんどん深く埋まってゆくのがこの上なく面白かったのです。三人は手をつないだまま少しずつ深い方にはいってゆきました。沖の方を向いて立っていると、膝の所で・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・見えつつ、面白そうな花見がえりが、ぞろぞろ橋を渡る跫音が、約束通り、とととと、どど、ごろごろと、且つ乱れてそこへ響く。……幽に人声――女らしいのも、ほほほ、と聞こえると、緋桃がぱッと色に乱れて、夕暮の桜もはらはらと散りかかる。…… ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・あの家にいても、面白くなくいては、やっぱり不仕合せですからねイ。またよしあそこを出たにしろ、別に面白く暮す工夫がつけば、仕合せは同じでありませんか。それでもあの家にいさえすればわたしの仕合せ、おッ母さんもそれで安心だと思うなら考えなおしてみ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・しかし僕は三味線の浮き浮きした音色を嫌いでないから、かえって面白いところだと気に入った。 僕の占領した室は二階で、二階はこの一室よりほかになかった。隣りの料理屋の地面から、丈の高いいちじくが繁り立って、僕の二階の家根を上までも越している・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ましてや私の如きただの応援隊、文壇のドウスル連というようなものは最高文学に対する理解があるはずがなかった。面白ずくに三馬や京伝や其磧や西鶴を偉人のように持上げても、内心ではこの輩が堂々たる国学または儒林の先賢と肩を列べる資格があるとは少しも・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ こゝに、自由の生む、形態の面白さがあり、押えることのできない強さがあり、爆破があり、また喜びがあるのである。自然の条件に従って、発生し、醗酵するものゝみが、最も創意に富んだ形を未来に決定するのである。それ故に、機械主義的な構成に、また・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・文学を勉強しようと思っている青年が先輩から、まず志賀直哉を読めと忠告されて読んでみても、どうにも面白くなくて、正直にその旨言うと、あれが判らぬようでは困るな、勉強が足らんのだよと嘲笑され、頭をかきながら引き下って読んでいるうちに、何だか面白・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・そして自身でも試みて字を変え紙質を変えたりしたら面白そうだと云いました。また手加減が窮屈になったりすると音が変る。それを「声がわり」だと云って笑ったりしました。家族の中でも誰の声らしいと云いますから末の弟の声だろうと云ったのに関聯してです。・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・草苅りの子の一人二人、心豊かに馬を歩ませて、節面白く唄い連れたるが、今しも端山の裾を登り行きぬ。 荻の湖の波はいと静かなり。嵐の誘う木葉舟の、島隠れ行く影もほの見ゆ。折しも松の風を払って、妙なる琴の音は二階の一間に起りぬ。新たに来たる離・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫